或るエヴァヲタのよろず日記

自分の興味あることを思うがまま記述したいと思います。

まごころをこめて『執着の円環』に終結を。(シンエヴァ評論)

『僕が「娯楽」としてつくったものを、その域を越えて「依存の対象」とする人が多かった。そういう人々を増長させたことに、責任をとりたかったんです。作品自体を娯楽の域に戻したかった。』

 

上は庵野秀明朝日新聞be上の発言。新劇場版エヴァンゲリオン最終作は、エヴァの明朗活劇化、庵野主宰スタジオカラーの集金、そしてアニヲタへの最後通牒、それらを背負い、前作Qから9年もの時を経て公開された。

 

①筋の分析

 

シンエヴァは4章からなり、

1. パリ決戦

2. 第3村での再建

3. ヤマト作戦

4. 父子決戦

 

155分の長編アニメ映画の本作、東映東宝共同配給という護送船団方式で臨んだのに、上映時間2時間程度の上映本数劇的増加可能スキームを捨て去ったのだから、集金よりも描きたいものがある、と構造から伝わる。

 

小さく分けると4章だが、大きく分けると2編。前半(1,2章)が失声症を患ったシンジ再生の物語、後半(3,4章)は決着の物語

 

死の街と化したパリを解放のためヴィレとネルフの戦闘から始まり、農村でのチルドレン達の再生と生命の物語が描かれた後にヤマト作戦と呼称される南極でのアディショナルインパクトのトリガー破壊を目的とする戦い、その後にシンジとゲンドウの父子決戦によって決着を迎える構造が採用。

 

4章の各分析を以下に。

 

⑴ パリ決戦

 

ユーロネルフ第1号封印柱の復旧作業により旧ユーロネルフ保管のエヴァ修理部品回収を目的としたパリ解放作戦から始まる怒涛の展開。庵野作品には良く見られる早期の事件発生、という有名な文法で(シンゴジ、Qを参照)、Qと地続きから始める事で連続性を帯び、Qありきで進むという強い表明と取れる。

 

なぜパリ? 旧劇TV版放送前最後に手掛けた作品ふしぎの海のナディア』、そのクライマックスの舞台がパリエヴァに終止符を打つため始点としてナディアのクライマックスの舞台を採用するのは必然でエヴァ庵野私小説と言われる所以だ。単純にパリのエッフェル塔を用いた攻撃がしたかっただけ、という可能性もあるが笑(シンゴジラでの在来線爆破のような)。

 

戦艦の上に光る糸は特撮にて戦艦のミニチュアを糸で吊るしているのが見えてしまうというかつての実情をメタ化したもので、虚構である事を強調しているように見え、これは本作の重要なメッセージとなる。

 

 

⑵ 第3村での再建

 

ニアサードインパクト(劇中でニアサーと呼称)の影響で避難を余儀なくされた民たちが形成する第3村(3.11による避難民の居住区のメタファー)にて、かつてのシンジの同級生、ケンスケ、トウジ、委員長ヒカリ、との邂逅が描かれる。

 

これまで庵野が受け入れてこなかった宮崎駿的な土着自然描写も採用され、今まで庵野は特にエヴァにおいて自然よりも都市や無機物の描写が多かったので驚いた。

 

第3村の人々はQにおけるニアサーの絶対的被疑者としてのシンジへの痛罵ではなく、『良く頑張った、もうゆっくり休め』という優しい言葉をかけ、無垢な生命の営みの中で、アヤナミレイ(破の綾波とは別人)は知恵をシンジは勇気を(オズの魔法使いにも重なる寓話的フロー)、各人求めたものを得てアヤナミは消えシンジは戦いへ向かう。

 

上映時間の大幅拡張は、これのせい笑。Qの衝撃からシンジが復活するまでを丁寧に描き明朗活劇モノとしての特異点Qを肯定する宣言であり、明朗活劇としての新劇は副次的イシューで本筋は別、なのだろう。

 

ケンスケはアスカからケンケンと呼ばれ同棲匂わせがあったり、トウジとヒカリが婚姻関係にありツバメという子供も登場し、シンジが眠っていた14年間の年月の重みを感じると同時にアスカとシンジのカップリングといった2次創作的なヲタ趣味に対する意見めいたものを感じる

 

表現技法として実写役者の動きをトレースして落とし込むキャプチャー式が採用され自然描写は手書きの宮崎風のタッチで営みは有機的な動き、しかしゲンドウたちの無機的な思想は徹底的にCGや3D技術が使われ、有機生命体と無機的価値体系の激突という二項対立が表現される

 

 

⑶ ヤマト作戦

 

インパクトのトリガー、13号機破壊のためミサト率いるヴィレは南極のネルフ本部を急襲、アスカが左目の封印を解きATフィールド中和を図るも、計画に織り込んでいた冬月により13号機は覚醒しブンダーも乗っ取られ敗走する、というQでも披露された、頑張れば頑張るほど事態が悪化するカタルシスレス

 

ヴィレとネルフの激闘

悲しみに暮れるシンジ

友人の助力で希望を抱く

奮闘虚しく残酷な結末

 

ここまではQそのもので、シンは途中まで面白いほどQの再生産に思える。しかし物語はここから動き出す。

 

人間を超越したゲンドウがヴンダー上でミサト/リツコの前に出現しマイナス宇宙へと13号機に乗り込んで初号機と共に沈み、シンジは初号機に乗り込む決意を固め、船員の制止に合うも船長ミサトの『私が責任を取る』の一言を受け戦いへ挑む。Qになかった希望を得るためゴルゴダオブジェクトにて父子対決へ進む。

 

海、大地、魂の浄化が人類補完計画で立案者はミサトの父親である事も明かされ、亡き妻ユイを取り戻すためゲンドウは虚構と現実の合一を目指す新たなインパクトを起こす(NARUTOのうちはマダラによる月の目計画に相似)。

 

マイナス宇宙はウルトラシリーズからの引用で、光速を超えた先の世界と定義され、そこに存在するのがゴルゴダ星。ゴルゴダはキリストが磔に処されたゴルゴダの丘からの引用で、贖罪をキリストたるシンジが行うという構図に合わせゲンドウと向き合いメシア(救世主)となるシンジの未来を暗示する(13号機の13という数字も意味深)。

 

 

⑷ 父子決戦

 

マリの改8号機に搭乗しマイナス宇宙を目指すシンジ。破で取り残された髪が異常に伸びきった綾波レイの魂を初号機に乗り込んだ時に見つけ、シンジにエヴァに乗らずに済む未来を作れなかった事を謝罪するも、シンジはエヴァに乗らなくても良くなるようにシンジを拒むようシンクロ率を0としていた綾波の防衛に感謝を伝え、もう一度エヴァで戦う事を決める。

 

ゴルゴダオブジェクトでは人間の認識が追い付かず情報は既存の記憶として認識され、過去風景の中でシンジの乗る初号機とゲンドウの乗る13号機の対決が繰り広げられる。旧ネルフ本部、第3東京市、ミサトと同居していたアパートの一室を背景に槍を交える(槍は男性器のメタファーとも捉えられ槍の激突は男同士の決闘に相応しい)。

 

戦闘背景がスタジオ撮影をしているかの様な演出がなされていて明確にエヴァンゲリヲンは虚構の物語である事が強調されるゴルゴダオブジェクトはエヴァを製作し続けていた『裏方』の世界なのだろう。

 

肉弾戦闘で決着が付かずカシウス/ロンギヌスの槍で虚構と現実の統合を目指すアディショナルインパクトが発生し冬月はLCL化。ミサトはヴンダーの脊髄からガイウスの槍を創生し命を捨てシンジに槍を授ける。ユイの魂との再会のため全人類を一つの生命体へ集約する補完計画発動の必要はなかった、ユイの魂はシンジの中にあったのだから。ゲンドウは敗北を認め、電車の中(精神世界)でシンジに懺悔し電車を降り(計画から降り)、シンジは自身を犠牲にエヴァのない新しい世界線の建築を試み(火の鳥路線で世界再構築という予想は少しは当たっていた)エヴァに執着する世界と自身に執着するアダムの魂である渚カヲルリリスの魂である綾波レイを解放する。

 

愛を求めたアスカに過去形の好意を告げ、シンジの救済に執着したカヲルには感謝を述べ、シンジがエヴァに乗らなくても良い世界を求めたレイにはエヴァのない世界を宣言した。シンジは旧チルドレンとの救済同窓会の後、贖罪のため自身(初号機)を犠牲にし13号機を貫く。その時に碇ユイの魂がシンジを初号機から追い出し、ユイとゲンドウの両親の献身によって全エヴァは消失し、新劇場版の世界線であるβ世界線は消失する。

 

そしてγ世界線では駅のホーム(電車、つまり乗り物には乗らない世界線)にシンジとマリが仲睦まじく話し合い、向かい側のホームでカヲルとレイが談笑し、離れた場所にアスカ。宇部新川駅(庵野秀明の実家の最寄り駅)でマリに手を引かれながらDSSチョーカーを外したシンジは駅の外へと飛び出していく。キャラクターはアニメーションだが背景は実写という虚構と現実の入り混じる世界線を駆けだして終劇する

 

シンジの声は緒方恵美でなく、神木隆之介で、エヴァフォロワー新海誠の『君の名は。』オマージュ。宮崎フォローを受け入れた庵野が自身のフォロワー新海への愛情溢れる描写を与えている。

 

エンドロールと共に宇多田ヒカル『ONE LAST KISS』が流れる。歌詞はゲンドウのユイへの思いにもダブり、執着というゲンドウだけでなく本記事冒頭で述べたアニヲタのエヴァへの執着にも重なるテーマが歌われている。そして序破のテーマ曲Beautiful worldが流れる、タイトルに付された反復記号に従うように。個人的には残酷な天使のテーゼを流して欲しかったが、そういうエヴァヲタ向けの過剰サービスの放棄も、また本作のイシューを考えると納得できる

 

 

 

②シンの主張

 

 シンエヴァに込められた主張を眺める。

 

(1) ユダ(マリ)とキリスト(シンジ)

 

劇エヴァには裏主人公の立ち位置のキャラがおり

序  綾波レイ

破  式波アスカ

Q   渚カヲル

シン 真希波マリ

 

この流れは予想していたので父子決戦においてゲンドウの過去パートの中でユイ、ゲンドウ、冬月、マリの4人衆の絡みが中心になる事は想定はしていた。

 

しかし想定を大きく超え、マリは大きな役割を担い、劇中で冬月が呟くイスカリオテのマリア』、つまりイスカリオテのユダ、即ち裏切者でもありながらマリア、即ちキリスト(シンジ)の母(護衛者)である役割を担う。

 

ゲンドウグループ4名の計画、補完計画による人類の昇華プロジェクトを阻害しシンジ(キリスト)をゴルゴダ(の丘)へと誘うユダとしての立ち回りに加えマリアとしてシンジを守護しラストシーンでは彼を現実世界へと連れ出していく。

 

レイ、アスカ、カヲルとシンジのカップリングを妄想し楽しんでいたファンをあざ笑うかのような通称マリエンドの本作、小さくない嘆きがこだましているが、旧劇のチルドレンではなく新世紀(新世代)のマリとの帰結としたのは旧劇で放り投げたものに庵野自身の手で『落とし前を付ける』意味なのだろう

 

キリストとしてのシンジは父の懺悔を受け、ユイへの執着を槍で穿ち父を救済し世界を救い、世界/セカイの救世主となる実存主義の問い『人は何故生まれるか?』という問いに関してイエスのようなユニバーサルなメシアではなく、誰かの救世主になる事にある、という思想が反映された事は小さくないシンクロを感じた。原罪と贖罪を巡る実存主義的疑問への解答を与えた、と見て取れる。

 

 

(2) 虚構の暴力性への警告

 

シンエヴァ最大の主張と言えるのが本記事最初に付した『アニメオタクが依存する場所』としてのエヴァを閉じる事。90年代の殺伐とした空気を象徴した旧エヴァ同様に新劇も虚構が揺れ科学技術の発展に伴い現実との境目が曖昧な現代を象徴している。

 

庵野虚構の危険性を訴える、庵野自身もQの製作で再起不能にまで落ち込んだ。アニメでの出来事に一喜一憂し没入していくのはアニオタの習性だが、その危険性と虚構との適切な距離感を設ける事の重要性を示しディスタンスを要請する。

 

父子決戦にてウルトラシリーズの撮影に使われた東京美術センターを想起させコンテを剝き出しで使ったり、エヴァは虚構に過ぎないと強調。現実から逃げ制御可能な美しい無機的世界観に惑溺する危険性への警告と人生を狂わせてしまうほどの暴力性への自戒を込めた反省をしていた。庵野自身も設定考察厨に警句を投げ、矛盾なく説明するのは困難で、わざと設定を非体系として完成させていないと語っている。

 

エヴァを熱心に応援してくれることはありがたいが、現実から目を背け無機質な画面を見続け人生を無駄にしてほしくない、自分もオタクだからこそ理解はできるけど、皆も僕のように(キリの良いところ=最寄り駅)で(乗り物=エヴァ)を降りて現実世界で生きて欲しい、と語りエヴァ卒業を我々に突き付けた

 

『色々な人の人生を変えてしまった事を申し訳なく思う、(アニメ作家は)そんな誇れるものではない庵野の言葉が頭を巡る。

 

 

(3) TIME UP

 

旧劇において禅問答のような様々なコンフリクトを悩み抜きダイレクトで前衛的な心理描写と抽象的記譜による独自解釈理論の乱立に伴い90年代のモニュメントとなったエヴァ。その円環の如き堂々巡りの問答に対してシンエヴァは主張する。『距離を取り時間が経過すれば、その問いを考える事の意味が無くなっている』

 

小さい頃に死ぬほど悩んでいた事が、時の経過に伴い、重要性を消失するという経験をした事は少なくない。エヴァに乗って戦うのか/逃げるのか、『逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ』に対する答えは『エヴァの無い世界を作り問題設定を破壊する』であった。

 

世の中には答えのない問いで溢れている。シンエヴァにおいて葛藤や問いを捨て去れない面々は悉く退場していっている。冬月ゼミの面々(ゲンドウ、冬月、ユイ、マリ)の内、生き残ったのはエヴァに乗る意味といった問いに無関心だったマリだけ。

 

エヴァが提示する様々な問いに対する答えはなく、それは円環故の永遠の未解決問題としてのエヴァと解答付属の相性の悪さがある。しかし落とし前を付けなくてはならない、距離を取り時間をかけ、問いの価値が減退するまで待つしかない。14年というシンジの冬眠期間にアスカはケンスケと懇意になり『付き合い』を覚えシンジへの執着から解放され、クラスメートの面々はエヴァに乗る/乗らないといった問いを考える余裕もないほどに忙しない日常と向き合う。溺れているときに悩んだりなどしない、人間はそんなものだ。

 

エヴァという虚構世界への執着を捨てる事が出来る人間は生き残り、そうでない人間は死ぬ、それがシンエヴァの提示した冷めた諦念的な帰結であった。父への思いを背負い散ったミサト、ユイへの執着を解決は出来たものの捨てなかったゲンドウ、補完計画に拘った冬月、彼らはエヴァを捨てる事が出来なかった。エヴァを捨てる事が出来る人間だけを残してγ世界線は作られたのだ。

 

シンエヴァエヴァを終わらせたのではない、エヴァについて考える時間が終了したという庵野エヴァ問題の放棄に等しい宣言でしかないエヴァと向き合う意味が庵野の中で消失したのだろう。終わらない事が正解の物語を終わらせる、という問題に対して問題の意義自体を減退させる。作劇はポジティブなものであるが採用された構造自体は極めて後ろ向きなものと言える。

 

 

③ 新劇とは何だったのか?

 

 

(1) 旧劇VS新劇

 

そもそも新劇は旧劇を発端とするアニオタの虚構世界への歪んだ執着を破壊し、未遂に終わった閉じた物語を明朗活劇路線の下にリビルドするために製作された。今作はQの悲劇を否定せずQと同手筋で物語を動かし帰結を与えるQ改訂版と言える。

 

明朗活劇としての完備性は捨て執着除去に徹しゲンドウのユイへの執着、アニメオタクの虚構への執着、庵野自身のエヴァへの執着を終わらせることに注力した。故にQから見事に着地させ複雑な記法乱発や行間のある筋を採用しながら『卒業』というメッセージのもとトータルで見れば破滅的Qの続編として素晴らしい着地をした。

 

ただQを上書きした構成のシンで同じことを2度も繰り返す必要があったのか、このロスは小さくなく4部作の評価を下げ、着地はうまかったとはいえ4部作としての完成度は高くない。Qを無きものとしてQ'として3部作構成にした方が良かったと思う、まぁシンが事実上のQ'の役割を成すので事実上の3部作とも言えなくもないのだが。

 

そして旧劇と比較すると着地の上手さと幕引きの美しさは向上した一方でQの失敗が響き明朗活劇化には失敗したためエヴァに求めるものが何かによって変わり幕引きの上手さを求めるなら成功、明朗路線なら失敗、説教臭い正論なんて聞きたくないという人からは毛嫌いされる。

 

○旧劇が提唱した現実的な価値体系である人間の相互理解の困難さから来る絶望

○新劇が提唱する理想的な価値体系である人間の相互理解の可能性から来る希望

 

この対比が

 

〇絶望の槍を持ち戦うゲンドウ搭乗の13号機

〇希望の槍を持ち戦うシンジ 搭乗の初号機

 

この両者の戦いにて13号機に勝てないシークエンスは旧劇以上の主張はない、という旧劇への思想対決に対しての白旗宣言と取れる。庵野はあくまでも旧劇の主張の強調と明朗活劇の両立を目指した、旧劇を超えるカウンターの思想を提言出来なかったことへ不満を持つ観客は少なくないだろう。

 

エヴァとは終わらない円環の物語で、終結を与えるのは本来は不適切で、リアルに殉じれば絶望的なシークエンスを与えるしかない。そんな中で落とし前の付けるのは極めて難しく、そういう意味でベスト無き世界でベターを選択出来たと評価できる。

 

スターウォーズがリビルドされても無茶苦茶デカいデススターを破壊するスキームから逃れられなかったように、エヴァインパクトを止めるために槍を穿つというスキームしかないという、ある種の限界も示していた。

 

 

 

(2) 作画時代におけるシンエヴァ

 

現アニメ界は作画時代で、新海誠の『君の名は。』の大ヒットと鬼滅の刃の歴史的ヒットで、この流れは決定的なものとなり作画に金と技術力を注ぎ込むのが主流だ。色々な意味で話題になった『えんとつ町のプペル』も吉本興業という巨大資本とスタジオ4℃の技術力の融合によるヒットで、20年代アニメのトレンドは資本力と技術力の統合がメインストリームと考えられる中で庵野秀明細田守宮崎駿といった作家たちが、どのような作品を打つか、は今後のアニメ界を左右する。

 

エヴァQやシンゴジラでもモーションキャプチャーを用いた映像やプレヴィズによる規定を使い、出力の高い作画力を披露し、東宝東映共同配給の資本力と『上手い人しかいない』スタジオカラーの統合による現行トレンドをフォローした出来となっている。シンゴジラにおいては実写作品においてアニメ的な手法を持ち込んだが、今回は逆に実写作品的な手法がアニメに導入され、破の頃から構想しシンゴジラで本格実装した2次元と3次元の融合がシンでも盛り込まれ、虚構と現実が入り乱れた世界にも符号する。

 

特撮映像の良さと実写映画の良さをアニメ映画に導入しようという試みは斬新で作画時代のトレンドに応えながら独自路線となるアングルや芝居設定は、これからの庵野作品でも追求されていくだろうし、シンエヴァが他の作家に対して、この部分で影響を与えるかもしれない。また新海誠フォローから連なる過剰に美化された絵面に関して明確に否定的な立場を取り、美しさを『盛った』様相は呈していない。美しすぎる無機的世界観の暴力性への警鐘を込めたのだろう。

 

 

 

(3) これからの庵野秀明

 

新劇場版は紆余曲折を経て完結したが、その過程で庵野はリビルドシリーズという脱構築作家として最適任の仕事を見つける、それがシンゴジラ。圧巻の出来であった事は周知の事実。次に手掛けるのはシンウルトラマンで、このシンリビルドをどこまで作り上げるのか分からないが、脱構築技法をこれからも駆使し映像作品を作りながらアニメと実写の垣根を超えた貢献を果たしていくのだろう。

 

シンエヴァ庵野秀明の最後のアニメ映画になる可能性は低くなく、今年で61才という年齢と作品にかける年数(3,4年ほど)を考え、残りの作家生活期間中に生み出すことのできる作品数は片手で数えるほどしかない可能性が高く、リビルドで確度の高い作品選びが求められてくるだろう(ゴジラウルトラマンと来ているので次はヤマトか?)。

 

ここで2021年の初夏に公開予定のシンウルトラマンへの自分の概観を。

 

特報映像とポスター画像が公開されカットと画が庵野らしく、ウルトラマンのデザインとして成田享の初期デザが採用されカラータイマーがなく、着ぐるみのファスナー隠しのための背びれもない。怪獣としてネロンガガボラが使われているのはエネルギー問題への提起を感じさせ、ウルトラマンも怪獣も一個体で進化していく可能性もある。

 

機動隊の出現を見るに、怪獣だけでなく異星人の登場も期待され、作中ではレヴィストロースの『野生の思考』(未開人の文明の行動原理には合理主義的な指導原理があるのではないかとする構造主義的書籍)が登場し、真の敵はダダ、と予想している。

 

そもそもウルトラマンは襲来者の駆除を外部に委任するしかない防衛体制という日米安保の皮肉にもなっていて、日米問題の政治的カリカチュアとも出来るし、異種生命体との共存問題を語る事も出来る

 

個人的な予想としてシンゴジラと7割方同じことをすると思われ、それはQとシンが構造的にそっくりなエヴァと同じ。襲来に伴う政治的シュミレーションの構造と電気エネルギーを捕食するネロンガとウランを捕食し放射線を放つガボラは3.11メタファーとしての暴走する福島原発シンゴジラと全く同様の手筋となる

 

重要なのはシンがQと同じ手筋から決着という付加要素があったようにシンウルトラマンにも付加要素がシンゴジラから足され、ダダとおぼしき人間サイズの異星人との対決になろうと思われる。またセブンのような政治的要素の強い物語を挿入し日米問題への提起へと加速する可能性もある。

 

まとめるとシンウルトラマンシンゴジラと大方同じだが最終章だけが異なるはずで、そこがどうなるか、で作品の可否が変わる。シンエヴァのように成功するか個人的に楽しみだ。

 

 

 

 ④ 最後に

 

エヴァが終わった、終わってしまった。エヴァを卒業したという達成感そして無事に完結を迎えたことへの安心、という様々な感情が渦巻くがエヴァロスのようなものは全くない。自分自身が大学卒業という時期にあった事も含めてタイムリーに『卒業』を強く感じ、これだけのエンタメ作品を見ることが出来た事に喜びを禁じ得ない

 

勿論、マリエンドが安野モヨコのメタ構造では?という声もあるだろうし私小説的側面の強さと庵野自身の自己批判の投げかけともいえる『オタク現実に帰れ』という文体には拒否反応を示す観客もいるだろう。

 

シンエヴァに対する評価の賛否は、エヴァに対する『距離』で決まり、コロナ禍の不思議な一致に運命を感じてしまうのだが、自分はエヴァに対する視線としては脱構築手法への興味が強く、ユニバーサルレスな現代における脱構築手法的思考を持つ人間として庵野秀明に興味を持ったまで。故にシンジが誰とくっつこうが庵野私小説的側面が強くなろうがどうでも良いし、特撮や日本映画や既存アニメの要素を抽出し並べ挙げる映像芸術として成立していれば何の文句もない。

 

エヴァQの公開年にエヴァを知りハマリ期待して劇場に足を運んだのに破滅的カタルシスレスな作品を見せられ、何故事故は起きたのか、という疑問から更に強く庵野秀明に興味を持った人間としてリアルタイムで観たエヴァ作品がエヴァQのみ、という悲劇を回避してくれてありがたさしかない笑エヴァをオタクの依存対象から娯楽作品へと引き戻す当初の目標が達成されたかは分からないが主張は伝わった。虚構に適切な距離感を取る事、僕自身も肝に銘じて生きていこうと思う。

 

抽象的な記譜の羅列によって過熱し議論したくなるエヴァであるが庵野本人が言うように過度な考察に意味はない。エヴァ庵野秀明私小説ゆえに人生の一種のメタファーで、絶対的な正解など存在しない、とシンエヴァという卒業式において庵野校長からの贈る言葉だったように思えてならない。

 

ラストシーンの宇部新川駅でシンジとマリが降りていくシーンは『じゃあね、僕、この辺で降りるね、』と言いながら庵野監督が最寄り駅(エヴァという計画)から降りていき終わらない円環に終結を与えたように見え思わず泣きそうになった。庵野秀明という稀代の脱構築作家のエヴァ卒を見る事が出来て本当に良かった。お疲れさまでした。

 

 

終結に、ありがとう

執着に、さようなら

そして、全ての卒業生(チルドレン)に

おめでとう

 

 

終劇

新B1物理学徒への補遺

自分は国立大物理学科学士課程修了寸前で、この機に学士生活を顧み4月から物理学徒になられる新入生向け記事として付します。

 

Ⅰ 下宿生活編

 

一人暮らしにて下宿先の選び方、コピー機(スキャナー)、PC、レンジ、冷蔵庫、寝具、空気清浄機、扇風機、掃除機、机と椅子、洗濯機などの購入は重要な要素。

 

まず、持病や風邪の際の薬は完備しておくと動くにつらいとき助かるので一通り用意すると良いでしょう。独り暮らしは実家との距離で要請も変わり、休日帰郷『半独り暮らし』もアリ。

 

●下宿先

 

1年生と2年生以上の学年で通うキャンパスが異なる事もあり、キャンパス近辺に住んだものの立地が悪い事もあり、自分は1年生時に場所選びに失敗し再度引っ越しました笑。周囲にご飯屋さんやスーパーがなく生活面での苦労があったので。

 

下宿先として大事なのは大学との距離、ごみステーションの有無、収納に有用なロフトの有無、スーパーとの距離、ウォシュレットの有無、ネット環境といったもので、下宿先はセンター試験後に仮押さえられ、2次試験後も仮押さえが増え、合格発表後には良い物件は残っていないので、早く住居探しをしましょう。

 

●家電は生協より量販店で

 

生活必需家電製品を新入生対象生協販売で購入するのはオススメ出来ず、PCやコピー機を特別価格で販売する生協より、家電量販店で購入する方がオススメです。

 

家電量販店では値引きを含めた価格交渉が可能で、製品について的確な説明を受けられますが、生協販売は学生アルバイターに杜撰に対応される事もあり、PCだと長期間使うので生協指定より専門家の意見も伺うべきです。家具はレンタル可能なものもありますが購入したほうが安くあがるケースも多く、値段とスペックを比べ慎重にお考えを。

 

保障が生協の方がしっかりしてはいますが、その対応もしっかりしているか、と言われると正直微妙なところです。

 

●ミニマムに、ミニマムに

 

家具、書籍で部屋が溢れると整理がつかずモノは最小限に留めるべきで、4,6年で再度の引っ越しも考えられる大学生身分を考え引っ越しに備えスペースを残すべく、ベッド、ソファ、コタツを置かない事も重要です。

 

半期2ヶ月教養講義で扱う書籍に2千円超は痛い出費。スキャナーがあれば、図書館で借りたり友人同士で折半して手に入れた書籍をスキャンしpdf化し共有し経費の削減とモノの飽和を防げます。授業料も馬鹿にならず奨学生も少なくないのでコピー/スキャナー機は所有すべき。

 

ipadもノートアプリ(有料約1000円)を運用し、まとめノートや演習軌跡保存に有用。ipadは安くない買い物ですがノートアプリを使えればノート作りに費やす用紙の節約と数年前に書きとどめた資料管理に助かり、4年生から運用しましたが時間、空間のため有用なデバイスに集中的に資本投下するのが大事、と4年間で痛感しました。

 

●生活リズム

 

不規則になりがちな大学生活において朝方生活への矯正作業に困難さ、を感じると思います、朝方生活のために有用なの日光を利用する事です。朝が来ると日光が部屋に差し込む用にカーテンを少し開けておくと、朝の到来と共に起床出来ます。

 

深夜作業が捗りやすい人もいますが、朝方にしておかないと講義に寝坊したりする事も発生するでしょうし、何より健康のためにも朝方生活を心掛けると良いです。

 

また予告なしに訪問してくる人は扉を開ける必要はありません、大抵訪問してくるのはNHKから外注された集金人、セールスくらいなもので僕はインターホンを切っていて訪問の予告をしてきた友人が来る場合は家の前でうろうろしてました笑。

 

 

●自炊について

 

自炊と外食、どちらが得?、というのは『TIME or MONEY』という問いと等価で、個人差があります。『一汁一菜』つまり、ご飯と味噌汁、出来合い一品で十分『食事』。常備菜や作り置きおかず、炊飯したご飯の保存のため冷蔵庫は冷凍エリアが充実しているものがオススメです。

 

野菜やキノコ類、各種素材は購入し次第切り分けてジップロックに入れ冷凍保存すると非常に便利。ゴボウは酢水でアク抜きして冷凍する等、各種保存法の違いはありますが調理にラク冷凍保存を軸とした自炊を立案すべきです

 

パスタ料理だと市販パスタソースを使えば楽ですがレトルトは賞味期限から具材が少なく自分で足さなければならないのはネック。自炊はサスティナブル(継続性)にラクして適宜出来合いの物も交えて手軽にこなすのが良く、 作り置きレシピはネット上で沢山公開されておりますので参考あれ。

 

●気候と相談

 

キャンパスは複数学部集約のため金銭面から広く安い土地にある事が多く、地価の高い都市系だと市街地から離れた急勾配の大学が少なくないです。自然に囲まれ四季を感じる、と言えば聞こえは良いですが、虫が多く、夏は暑く冬は寒く、海沿いだと風も強くにわか雨が多く部屋干しが必須、という学生泣かせなキャンパスも少なくないです。掃除機や空気清浄機(加湿器)も気候により変わるので、ご注意を。

 

掃除機は部屋のスペースと相談してスペックと収納の観点から選びましょう、扇風機は冷暖両方に対応しているものは値段は張りますが便利ではあります。

 

Ⅱ 学習編(物理学徒向け)

 

ここからは学習。物理学徒向けですが序盤はユニバーサルな内容を付します。大学院進学を前提とした記述になっていますのでご注意を。

 

 

 ●日本語を適切に扱おう

 

大学で様々な人と交わって感じるのは『日本語を話せない日本人』の多さ、自分の考えを母国語で的確に表現出来ない人は多く、討論において話が嚙み合わないケースが多かったです。適切な表現でも曲解され軋轢を生む社会で適切でない使用が、どういう結果を招くか、は火を見るよりも明らかです。 

 

陰キャ、コミュ障と自称する方は基本的に『言語能力が欠落した人』が多い印象で、大学では人脈がモノを言う事が少なくなく、そのため適切な言語使用と振る舞いは必須。自戒もこめ母国語の適切使用は大切で、試験に落第したり留年する学生は孤立しがちで、多角的情報収集の為コミュニケーションの土台となる言語はとても大事です。

 

●独習のすすめ

 

カリキュラム通りでなく独習し不明点があれば積極的に教員や先輩に質問し受動的な学習は捨てましょう。教員、院生は学内メールアドレスが設定され連絡出来ます。会話の中から研究室配属における教員の性格や研究室の雰囲気掴みに有用なので積極的に。大学では自分で動かないと何も動かず、昨日と同じことをしても今日と似た明日がやってくるだけなので、積極果敢に動きましょう。

 

独習にて『行間』のある古典的名著の学習をする際に頓挫してしまうことがあり、その際、その書籍を一通り学習された上級生を見つけましょう。上級生が読破した骨のある本を選んで学習すると良いかもしれません。

 

●足し算より引き算

 

大学入学後、数物系に限らず多様な学問体系があり、熱心な方ほど色々な体系に興味を示し、あれもこれも、と手を出し、どれもこれも身につかないという結果になりやすいですので取捨選択が大切です。

 

やる事を増やさず、優先順位を付けタスクを限定し時間と手間を集中投下して進め、物理数学、古典力学、古典電磁気学量子力学統計力学、といった基幹教科の学習に時間を割き、余裕があれば違う事をしましょう。

 

●2年で基幹確立

 

理想的には2年間で基幹科目の標準的な教科書の説明を理解し典型問題を解ける状態になること、と個人的に考えています。毎日細々と学習を徹底すれば到達出来ます。本来3年間で身に着けますが、2年目標がベスト。

 

3年目は大学院接続レベルの骨のある古典的名著にトライ。分野で異なりますが、AGD、ペスキン、九後ゲージ、内山相対論、という学部生には難しめの書籍の学習に取り組む経験は重要で、4年前期は院試勉強に時間をかけ、後期は院進後に用いるものの予習にあてましょう。ベストよりベターが大切です。

 

TeX、プログラミング、英語

 

物理学徒は物理学研究者見習いで、論文を読み大型計算することが求められ、4年生になると研究室配属され事実上修士学生のようにゼミへの参加が義務付けられます。ゼミは主に2つ、輪読とジャーナル、があります。前者は学術書を担当メンバーで割り振り担当箇所の要約を資料製作配布発表、後者は論文を選び要約資料を製作配布発表、というものです。

 

資料に数式を打つ際に役立つのがTeXで、ファイルサイズが小さければwordでも大丈夫ですが大量になるとTeXの出番。プログラミングは言語は何でも良いので好きなもので手を動かすと良いです、就職するにしても潰しがきくので頑張りましょう。論文や資料は英語で記述されますが典型表現が多く読みながら分からない所を調べてふんふん、と読み数式を追うだけで内容は理解出来ます。

 

 

Ⅲ 学部日記

 

自分の学部生活4年間を振り返ります。

 

⓪入学前

 

●予習

 

合格が決まった3月中旬、入学まで引っ越しの準備を進め入学後学ぶ科目を調べ線形代数の勉強をやっていました。シラバス(講義内容を外部に発信するためのもの)に掲載されていた書籍を書店で見つけて演習しました。ブックオフとかで安く売られているものもあります。イプシロンデルタ論法についての学習もしましたが物理では、必要なかったみたいですが、教養講義で学年トップの成績取れたのでGPA的には良かったのかもしれません。

 

自分は『微積物理』の形式での表現に慣れていたので、大学入学後の物理学に高校時代からのギャップは感じなかったですが、多くの人がドット表記や黒板太字といった文化を高校では学ばれておられないと思うので入学前に見ておくと良いと思います。

 

①1年生

 

●意外と緩い講義

 

講義に出て分かったのは、単位の取得が難しくなく、過去問を入手すると楽ゲー化する事実上の人脈ゲームであるという事実。進度は速くなく講義内容だけでは不十分で独習の重要性を感じたのと、『単位を取るための学習』と『学ぶ学習』は違い、単位取得高評点のため、数年分の過去問を入手して解答(仮)を製作し手を動かし再現性を向上させ、ある種『思考停止』した方が上手く行く皮肉があります。

 

講義で扱う書籍に掲載された問題をひたすら解き、古典力学と古典電磁気学の学習だったり時間があったので代数学の学習もしていました。1年生は時間はめちゃくちゃあるので本当に色々な事が出来ます。資格の学習をしておけば、と思っています

 

●凸

 

原島力学本による古典力学独習を講義と並行し進め、分からない箇所を担当教官にアポをとり居室の方へお邪魔し、大学教授と話しました。自分が抱いていた教授像と違い、ラフな格好で様々な事に答えてくれて、良い意味で期待を裏切られたのと同時に研究、学振、現在の研究者を取り巻く現状について様々な事を教えてくれました。

 

様々な教員にあれこれ理由を付け話を聞きに行ったりする中で数学系教員が聞こえの悪い事でももあけすけに話してくれるのと対照的に物理系教員は何かを守ろうとする傾向があるなど色々と分かり。上級生対象講義は下級生でも受けられ試験も受けられるのに必修講義は合格点を獲っても単位取得は認めない謎の風習(飛び級阻止)を巡り、一人の教官と口論になり積極的凸の結果、軋轢も出来てしまいました。

 

②2年生

 

●自主ゼミ発足

 

同期を誘い、自分主宰の自主ゼミを立ち上げ、GWから活動を始め講義演習問題の解答比較、過去問入手と解答の製作、輪読、情報集積、といった役割で活動し、最終的に10名に増え、毎週集まり情報共有にも助かりました。運営にてサスティナブルな書籍を輪読対象にするのが大事で教員や院生の協力がないなら慎重に題材は選びましょう。

 

●潜る。

 

上級生対象講義である量子力学統計力学の講義に潜って(担当教官に声掛けしたのでモグリか疑問だが笑)量子力学統計力学の学習に時間をかけ、メシアや田崎統計も横に並べ、長岡統計とイギカワの精読演習に時間をかけ典型問題を解けるように努めました。

 

懇意の教員の方が長岡先生の教え子であったり、アカデミックな世界が意外と狭い事に気づくと同時に、そういった世界への憧憬を抱き始めていました。

 

●基幹を固めて

 

2年間で古典力学、古典電磁気学量子力学統計力学の粗方の内容と典型問題の演習を終え、QFTってどんな感じなの?と思っていた中で坂本QFTの評判を聞き年末から3月にかけ相対論的量子力学を学習し、テンソルや4元量を用いた体系に触れました。本学学部講義はテンソルや4元量を一切教えない狂気のカリキュラムなので自分でやるしかなかったです。 

 

先輩に『研究に詰まった時や発展的事柄で悩んだとき、いつも基幹教科の知識不足が原因であった』と言われ、基幹科目の学習が本当に大切で、院試対策だけでなく院以降も重要なので、今でも確認をしています。

 

③3年生

 

●多粒子と固体

 

物性物理学は他の分野と異なり相対論的量子力学や一般相対論の運用は殆どなく非相対論的量子力学が用いられ、多粒子系量子力学が重用されます。そのためAGDと小形SGCの両方を丁寧に時間をかけながら読み進め、固体は、最近出版された青本で学びました。多粒子にも共通する内容も少なくなく物性物理学の初等分野を学習しました。

 

学部の知識が総合的に問われたり、行間の計算も重くてメモ用紙に計算を書きなぐって清書してものを保存、といったフェーズを繰り返す毎日で行間とにらめっこしながら色々と調べて乗り越えていく日々が辛くも楽しかったです。

 

●移籍志願

 

学振に通った人や本学在籍教官の最終学歴を見るにつれ、旧帝系出身者の多さを感じ、本学に居続ける事が本当に良いのだろうか、と思い過ごしていた時に、知り合いの院生の方からの助言、そして何より博士課程に進むべきか否か、といった迷いの中で自分の器を量るべく外部院進の道を取ろうと、この時期に決心しました。

 

理論物理学者になるのが夢でもありますが、旧帝理論物理系研究室は、ハイレベルで、その中で研鑽を積み、博士以降へ進むか決める状況に持っていこうと思い、この時期に本格的に外部院進を決意し、冬休みから院試対策をしていました。

 

④4年生

●研究室配属

 

本学物理学科は4年生進級時に研究室配属があり、進級生の総数を教員数で割り各研究室の定員を決定し、志望者が超過すればGPA(成績)で判断、というのがあるのですが、自分は物性理論分野の研究室に配属されました。

 

個人的には研究室配属に関しては就職組と外部院進組も混ざっているので学士修士6年を、それぞれ3年ずつに分けて大学院から振り分けすれば良いと思います。

 

●コロナ到来

 

2020年、多くの方にとって誤算となったユニバーサルな悲劇であるコロナ禍、我々大学生も少なくない影響を受けました。クラブサークル活動の停止や講義のリモート化といったスキームシフトに加えて感染予防対策徹底が要請されました。

 

コネクションや情報を持たない新入生にとっては不安だったことでしょう。ただ僕にとっては負の影響は少なかったかな、と思います。というのも自分はリモート形式の講義の導入を望んでいたからです。それは以下の記事を参照あれ。

lilin18thangel.hatenablog.com

 

遠隔講義の実施に好意的な自分だったので変容は大歓迎でしたし実家から離れなくて良かったので、とても助かりました。4年生なので講義も卒研ゼミのみで、またwifi環境も良いので本当に助かりました。

 

自分は大学機関のミニマム化を理想としているので、社交場やクラブ活動といった副次的なものが優先される事に疑義を抱いていたのでコロナを機に良いレガシーを受け取ってくれれば良いと願うばかりです。

 

●いざ院試

 

院試は第1志望の外部と第2志望(滑り止め)の内部を受験し、見事に両方合格。院試については別記事に付していますので、そちらをご覧ください。

lilin18thangel.hatenablog.com

 

 

●卒業研究

 

学部4年の集大成となる卒業研究ですが、自分は学部2年に学んだ内容を軸として物性理論への応用へ向けた基礎知識のまとめ書きを提出しました。論文は新規性の無いレビュー論文と呼ばれるものがあり、自分のはこのレビューにあたります。

 

学部の早い段階でアドバンスドな内容に触れるメリットの一つに卒論への転用の可能性があり、早期に専門分野を選択することで、こういった事も可能になります。発表会もありますが今年はzoom開催で、比較的緩い感じでした。

 

学科優秀者表彰も受賞出来、悪くない4年間だったかな、と思います。

 

Ⅳ 参考図書(物性寄り)

 

自分が使用して良かった参考書と書評を。自分は物性物理学専攻なので素粒子宇宙論に興味ある方にお役立て出来るか自信はないですが

 

●戸田力学

 

原島力学を自分はやっていたのですが、戸田力学の方が読みやすく高校生でも理解出来るように記されています。入学前の3月に学習されると良いでしょう。解析力学については詳解力学で具体的に問題を解いていきながら理解するのをオススメします。

 

●詳解力学演習

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古典力学の問題は大抵掲載されていて詳解シリーズは辞書としても使えるのでオススメです。院試においては剛体、解析が中心で第3章12節の剛体の部分は徹底的にやる事をオススメします。

 

●長岡電磁気

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砂川電磁気シリーズも良いのですが長岡電磁気シリーズの方が個人的には好みで、準拠した演習書があるので、なおさらオススメです。

 

●長岡演習

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電磁気はバリエーションが豊富な作問が可能なのですが、特に電流を流したケースの問題についてやりこんでおくと良いと思います。詳解電磁気も良いですがテキスト準拠のコチラを個人的にはオススメします。

 

●イギカワ

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量子力学に関してはイギカワは演習問題も付属してあって、多彩にテーマも扱われていて院試対策にも向いていますのでオススメ。小出本は多粒子系への言及が詳しいです。演習書に関してはイギカワに掲載されているもので十分かと。JJサクライのMQMも良書ですが(上巻はね笑)イギカワで十分かと思います。

 

●長岡統計

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統計力学に関して田崎統計もオススメですが2冊に渡ってしまうのと説明が長いという事もあって個人的には端的にまとまっている長岡本を推します。

 

●田崎熱力学

 

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熱力学といえば田崎本、というくらいの書籍。熱力学への考え方に劇的な変化を与える書籍で一度は是非読んでもらいたいです。

 

●久保演習本

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言わずと知れた熱統計演習本の総本山。この書籍に掲載されている問題が解ければ熱統計では無敵、と評される程完璧な出来の書籍です。全ての問題を解けなくても良いので主要な問題の解法の理解が出来れば大丈夫です。

 

●坂本QFT

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上下巻2冊刊行されていますが、物性物理学においては非相対論的場の量子論の運用が中心となりますので上巻の6章までの相対論的量子力学についての記述を理解するだけで十分です。4元量の運用と共変体系さえ理解出来れば物性志望であれば十分だと思います。

 

●AGD

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作者3人のイニシャルをとってAGDと呼ばれる多粒子系量子力学について記述された名著であり、グリーン関数とダイアグラムを用いたスキームを中心にフェルミ流体や超伝導について書かれています。フェッターワレッカと共に多粒子と言えばAGDでしょう。ただ読むには体力がかなり削がれます笑。

 

●小形SGC

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AGDで詰まった人向けに多粒子系について丁寧に記述されると同時に多様な応用例についても付されています。5章まで理解出来たらAGDに戻って読み進めるのがオススメです。ただ絶版なので入手できないのが辛い。。。

 

青本

 

SSP(固体)についての書籍は複数存在しますが、マーミンは4冊もあり、キッテルは実験屋向きで初学者には厳しく、斯波固体は行間があって読みづらい、そんな中で厚みこそありますが物性物理学の導入に向け幅広いテーマを扱っている本書を勧めます。

 

●牛島本

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プログラミング言語としてfortranを選択した人向けの書籍となっています。第1原理計算や大型計算を含め様々な所で用いるプログラミングについての基礎を学べる書籍となっています。

 

 

Ⅴ 最後に

 

大学において善悪の基準が曖昧で法律/法令に反しなければ全ての行動は正しい、と言え、我々の界隈にて進捗が大切で、研究室へ顔を出さなくても進捗を生んでいるなら正しく、講義をサボる事の是非も個々のケースによっては間違いとも言えず、サボって自主ゼミをしたりして進捗を生んでいるなら、それもまた正しいと言えます。

 

このように大学生は独立した個人であり、自立し行動し責任を負うので自由な選択を許されます。自分にとって今、何をすべきなのか、選択した行動の結果は良くも悪くも自分が背負うのですから、正しさ、は未来が決めるものと言えます。結果しか評価しないのですからプロセスなんてどうでも良くて進捗や結果を生んでいれば何も言われないのが我々の生きる世界の理です。

 

社会でサバイブしていくために自律し相互理解を図りながら生きていく素養を学ぶ場所こそ大学です。結果しか評価されないというのも善し悪しありますし、自分というソフトをどのように動かせば成果が上がるのか、自身の器と向き合うという時間でしょう。

 

新入生の方のご多幸をお祈り申し上げると共に、より良い大学生活を、送られることを心より願っております。長文お読みいただき感謝申し上げます。

R.I.P.2020

2020年、コロナ禍。娯楽は不要不急なものの最たるもの。2020年を振り返るのに最適なアングルは2020年の娯楽を振り返る事ゆえ、視線を向ける。

 

①台頭する個の時代

 

米倉涼子/山下智久/手越祐也/ローラ/オリエンタルラジオ

 

上に列挙した芸能人の共通点はお分かりだろうか?

 

2020年に芸能事務所を退社し独立した芸能人だ。独立理由/動機/背景も異なる相次ぐ独立劇の評として公取の発言がどーたらと述べたりしているが、本質は『事務所に所属するメリットが死んだ』事にある。

 

●盾から矛へ

 

戦中の大本営発表への反省から知る権利尊重に守られた記者は紙面を埋める事が出来ない状況にてフェイクニュースを平気で掲載する。そういった悪質な記事への抗議と不当な非難からの防御を請け負う事に事務所所属メリットがある。

 

一つ事例。写真週刊誌Flash4月14日号掲載の宮迫博之氏によるブランド米買い占めという記者の食い扶持目当ての酷いフェイクニュース。配偶者と大学生の息子の3人家族が1kgあたり700円のコメを8kg購入という普通の行動に対して買い占めという表現を用いて貶めた典型的なタレント叩き記事。

 

宮迫氏が吉本興業所属時代ならば書かれなかったはずで、事務所という抑止力を失った人間をターゲットにしたものであるが、宮迫氏は自身のYouTubeチャンネルにて事実無根と表明、Flashを刊行する光文社に直接電話で抗議する動画をup。推測の域を出ないが、少なくない支持者を生み様々な形での抗議は発せられたはずだ。

 

もう一つ。2019年初旬の山口真帆さん暴行事件。3月開催のAKSによる第3者委員会調査報告会見内容への批判を自身のSNSで会見中に投稿し虚偽報告がなされている旨を主張。その模様を会見場の記者から直接質問されるという前代未聞の事態となった。

 

2つの事例はSNSやネットの持つ力の強靭化によってタレントは盾ではなく矛によって自らイニシアティブを握れるようになり、フェイクニュースで私腹を肥やす出版社、自己保身に走る大企業幹部というパブリックエネミーを固有名詞付きで世に放てば烈火のごとく攻撃にさらされる好例だ。ただテラハ木村花自殺も、この構造が招いた悲劇であり、パブリックエネミーへの集団攻撃というカタルシスには正負両方の側面がある事も事実だ。

 

多様な媒体を用いた自己防衛を可能にする技術革新によって事務所という盾への魅力が薄れてしまった事は想像に難くない。

 

封建社会の崩壊

 

芸能界は興行に端を発し、取り仕切る反社会勢力との関係は色濃い故に封建的風潮は根強い。公取からの警告のトリガーとなったSMAP解散騒動を封建社会的なアングルで眺めよう。

 

喜多川組組長の高齢化に伴い、若頭藤島への継承目前で本流と道をたがえる組内傍流組織飯島組が藤島体制にて上がり目がなくなることを見据え組を割って出た(独立)、ケツを持つ(受け入れ先となる)と約束した組織も情勢を見て梯子を外し、喜多川組は造反飯島組を敵対行為とする絶縁状(メディア統制)を回し、出戻るとシマ(集金装置として有用な中居、木村)を取り上げて、指を詰めさせて(TV番組で謝罪)、組は潰した(SMAP解散)。

 

これは封建社会では組を割って出て行った逆賊への処罰、という当然の帰結となる。ジャニーズ事務所がヤクザ事務所なら問題はない。この問題は芸能界に存在する封建社会的な因習帰結と言え、事務所独立による社益減収防止の負のセーフティガードが陰湿に映った事だろう。

 

事務所は競合他社への圧力を中心に仕事を斡旋し、お抱えのスポーツ新聞を使って誇大宣伝、バーター出演を使って大手マスコミへの出演実績形成、人気を『作る』事を可能にする。

 

しかしSNSの発達によってアウトプットが容易で2019年にTVの広告費をネットのそれが抜き、その差もますます拡大する中、大手チャンネルの数で勝負する事務所に所属しても理不尽封建社会に身を投じるほどの対価を得る事は期待出来ない。

 

上記のメリットの消失から集団の時代は緩やかに減退をむかえ、個人による多種多彩なテクノロジーを用いた柔軟な選択によるキャリア形成が可能になった。また封建社会保全も時代の波と実力者の高齢化に伴い厳しい。オスカー事務所からの大量退社は公取云々ではなく代替わりの失敗という失政によるものと、音事協という力学団体に非加盟である事により他事務所が手を出しやすかった事によるものだろう。

 

移籍や独立は発信力のあるタレントや人気のあるタレントでなければ不可能であり汎用性への疑義はあろうかと思うが、既にTVや大手メディアからスターは生まれていない現状を注視しなければならない。

 

港区外交によって大手事務所と大手媒体と広告代理店の鉄のトライアングルによって利益を生めるのは大手事務所に人材があってこそであり、発信力のあるタレントが減っていけば自ずと志望者の質も落ちる。SMAPが好きな男の子はジャニーズ事務所に憧れるだろうか、封建的処刑を行った事務所に身を委ねるだろうか、NGT運営の酷さを見てAKB系に娘を両親は預けるだろうか。

 

『今の時代、1人に向けて言うのは1000人に言うのと同じだ』敬愛するデビッド・フィンチャーが手掛けたドラマ作品ハウスオブカーズの台詞だ。SMAPに対してジャニーズ事務所がした事、山口真帆に対してAKSがした事、それはこれから芸能界に来るはずだった多くの未来に対して行使した事と同義なのだ。その未来がどうなるか見てみる事にしよう。

 

才能のある人間は柔軟に組織を選んだり抜けたりする、といった未来はすぐそこまで来ているし劇的ではないだろうが確実に変わりだしていると言える。

 

 

②フェアリーテールは死んだみたい

 

●職業仮想恋愛への抵抗

 

 アイドルという言葉の適切な和訳とは何か?偶像という訳がポピュラーかもしれないが自分は『職業仮想恋愛相手』だと考える。ファンを仮想彼氏/彼女と見立て恋愛禁止を遵守し、仮想パートナーとしての振る舞い、様々な活動への援助を賜るのが近年のアイドルの実態と言えるからだ。

 

日本のアイドルって恋愛に関して厳しくて、男性の人が応援してくれる代わりに自分はプライベートでは恋愛せずアイドル一筋で頑張る人が多いです、私はアイドルではないので、全然自由に恋愛もしたいと思います。アイドルって、男性に媚びるというか、ちょっと男ウケを狙っているんですけど、私がやってることって全く異性ウケしないことをやってるので、アイドルではないです。もっとアーティスト寄りのことをやってます』

 

きゃりーぱみゅぱみゅの2013年フランスのTV番組の中で峯岸みなみ丸坊主騒動への質問に対する回答から抜粋した。実に示唆的だ。

 

きゃりー自身は楽家/表現者であり、仮想恋愛によって集めたファンを相手に商売をしているわけでなく異性の視線を意識せず音楽性や芸術性の向上に努めている、と主張したいのだろう。

 

この主張はジャニーズ事務所からの相次ぐ退所に関わる非常に重要なイシューを提示している。仮想恋愛で集めたファンを前提とするモデルによる音楽的成功はフェアなものでないという価値体系だ。

 

職業音楽家としての才能が豊かなアイドルにとって一番の苦痛は自身の音楽的才能を発揮しても成果が正当なものとして評価されないことにあるのではないか、だからこそ退所を選ぶメンバーが増えたのではないか?

 

ジャニタレ、AKBのようなアイドルがオリコンチャートで首位をとっても、もはや誰も気にも留めない、『どうせ、事務所の力で売れたんだろ、どうせ付属商法なんだろ』という視線があり、大箱に沢山の人を集めてもユニバーサルな評価は獲得できない。秋元Pは現役メンバーが結婚しながら活動することへの配慮も見せていて仮想恋愛ビジネスからの脱却を次のフロンティアと見ているのだろう。

 

日本のトップアイドル嵐のリーダー大野智は30代後半という結婚適齢期に同棲している女性を週刊誌に報じられ、『僕の軽率な行動でファンの皆様を悲しい気持ちにさせてしまったこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです、友人の1人で同棲という事実は一切なく、お付き合いも一切していません。もう会うことも一切ございません』と謝罪した、これが仮想恋愛ビジネス従事者の現実だ。

 

これはアイドルに限った話ではなく、声優の仮想恋愛ビジネス従事という問題もあり、恋愛発覚/結婚発表後に大きくCDシングル売り上げを落す声優が多発しているのは事実であり、音楽活動に対する純粋な評価を受けていない、と考えられ、男性声優は結婚している事実を隠す傾向にもあり、宮野真守の結婚発表時のネット上での騒動(具体的な文言は書く事がはばかられる程)から急速に広がったと言える。

 

ジャニーズ事務所を退所するメンバーを見て深刻に感じるのは、彼らが事務所への感謝を心の底から述べている点、出ていきたくはないけども出ていかなければならない、というのは構造上の欠陥があるのではないか。

 

滝沢秀明が副社長に就任してから世代交代に加えて綱紀粛正路線が採用され仮想恋愛ビジネスの徹底が実施されている。これからも少なくない退所者を輩出することが予想され、その多くが主だった不祥事が原因でない、という事態を招くのではないかと考える次第だ。

 

アイドルを否定したり仮想恋愛を根絶させたいわけではない。しかし私的空間と公的空間の境目が曖昧になる現代、『閉じた幻想』は危く、音楽性の高い楽曲を発表するアイドルグループが正当に評価されていない事に痛恨の念を禁じ得ない。

 

でんぱ組の古川未鈴漫画家麻生周一と結婚を発表し、活動を続けているし、Negiccoはメンバー全員が結婚しながらアイドルとして活動していて、アイドル在籍時は恋愛はおろか結婚する事も許されない、という不文律は一部緩和されてきていて、進行形の恋愛を公表しながらの活動、というのも不可能ではないかもしれない。

 

 ●崩れ去る虚構

 

近年は虚構を生み出すことが困難になった、職業仮想恋愛の遵守も週刊文春を始めとするマスコミの追求、国民の大多数が高精度カメラ付きスマートホンを有しSNSの発達による容易なアウトプットと伝達速度の速さから『日陰』は減った。

 

隠す事が困難な時代に『神話』は難しくディズニーランドへ行ってミッキーマウスの着ぐるみを剥がして『ここに人間がいるぞ、俺たちは騙されてたんだ。』と大声で叫ぶ人間が増え、正論を言う事が正しいとは限らないように我々の世界の様々な虚構が揺らいでいる。

 

一昔前の芸能人は映画内のキャラクターを現実世界でも体現し虚構に徹していた、しかし今のバラエティ番組における『ぶっちゃけブーム』を見ると美しい虚構を見て楽しむより凡人と変わらない共通点を見て安心したいという思想が垣間見える。無知の上での幸福/既知の上での不幸のうち後者を選びたがる国民性は、仲間外れにされたくない、というものなのか、それとも単なる知的好奇心なのか、答えは出ないが社会自体が病的な様相を呈している。

 

2020年初春完結の『100日後に死ぬワニ』炎上事件も電通案件と知らずに、まんまと乗せられてしまった事への八つ当たりのように感じ、虚構の裏側を見ようとする国民性があるのか。日本のような小国においては有能な少数者を担ぐ方が理想的なのだが、担ぐよりも引きずりおろす力が強い中でノイジーマイノリティへの配慮も要求され、ますます息苦しい世界となった。

 

加熱するスキャンダル合戦も出版社という社会的なものだけでなく将来的にはネット媒体でイリーガルな取材によって獲得した情報の暴露を繰り返す過激な媒体も発生するだろうし無秩序の極みを見せるかもしれない。

 

有名芸能人の相次ぐ自殺の中でもテラスハウス出演者であった木村花さんへのネットリンチをトリガーとした自殺は半虚構として冷静に見る事が出来なかった人々による悲劇であり、虚構との向き合い方において大きなゆがみが我々の社会に巣くっている。

 

③閉じるという提案

 

仮想恋愛ビジネスからの卒業ではなく海外挑戦を含めた日本のクローズドな世界からの離脱を考えての事務所退社も少なくなかった。

 

山下智久手越祐也の退社はこれに分類される。既存メディアとのあり方において事務所にいるメリットがなくなってしまった、というシンプルなものだ。

 

不祥事自粛中退社となった山下、手越両名は謹慎の有無に関わらず退社していたろうし(手越はグループ活動がひと段落するであろう数年後の卒業に向け退社準備をしていた、と発言)未成年飲酒、自粛期間中の外出、というスキャンダルはむしろ退社のきっかけになってしまっただけだ。

 

 

●海外への憧憬

 

常々感じるが、日本人は欧米でユニバーサルな評価を受ける事に過剰な拘りをを持っている。例えば海外の映画祭で賞を獲得すれば大いに拍手を送り、海外リーグで活躍するアスリートをほめそやす。日本人自身が自分達で下した評価よりも海外の評価を神聖視する傾向にある。

 

芸能においても海外、特にアメリカで評価されるものこそ真のエンタメと考えて海外進出を栄転と見る向きが強いように感じる。外国人に比べて劣っているからこそ勤勉に生きるという事を是とする海外への過剰な劣等感から海外ウケを過剰に気にしているように思える。

 

日本人の島国故の特異性は災害時に暴動が起こらなかったり、コロナ禍で少額の補償に文句を垂れながらボイコット運動もせず働き、リーダーシップのない政府を抱えていても国民の清潔意識の高さから先進国の中では指折りの感染者の少なさ、に見て取れる。

 

 海外のほうが国内よりも先進的な事も少なくはなく海外志向を持つのも不思議ではないし近年のグローバルな活動を可能にするテクノロジーの進化が加速を生んでいる。

 

手越祐也山下智久、両名も目指すのは米国でのユニバーサルな評価のためのグローバルな活動で、日本の事務所に所属していては難しいという結論に向かうのは当然。SNSでの発信もジャニーズ事務所は認め出してはいるが認可速度は速くなく最大の武器であるルックスが劣化しないうちにキャリア形成を図る上で事務所にいるデメリットを感じていたと思う。NEWSの元同僚、森内がワンオクのボーカルとしてグローバルに評価されている事も影響しているのかもしれない。

 

競合他社に圧力をかけて露出を確保し仮想恋愛で集金する国内向け閉鎖戦略で勝ってきたジャニーズであるが海外進出となると事情は異なる。KPOPに代表される実力主義者の台頭により欧米向けの実力志向と仮想恋愛の平衡が取れなくなってきていて、この柔軟性の獲得のスピード感のなさが高速化するエンタメにおいて大きな足かせとなっているのが苦しい。

 

 ●反グローバルとしての鎖国

 

世界的に成長が見込まれる国内産業、アニメは閉じたローカルな体系故に独自の発展を遂げた。

 

最近、中国からの観光客が政府誘致もあって急増していて中国語を話せるスタッフが登用されてて多言語に応用される可能性が高い。ただ想像して欲しい、海外旅行先に求めるのは異文化接触なのに母国語でガンガン話されてしまえば『海外旅行』の楽しみは半減する。グローバリズムによるローカル性破壊の最たる例だ。

 

 日本アニメは美しい手書きの画に代表される特異性にこそ最大の強みがあり近年では欧米受けと効率を考えて3D作品が相次いで製作されていてグローバル対応がローカル性の良さを潰している。Netflixの進出も手放しで喜べないのが、この点にある。

 

資源が少ない国が外国に対して優位性を獲得するには技術しかなく、グローバリズムに敢えて抗い独自の文化を建築する事が重要で世界から離れる事で世界に近づく、というのが世界戦略の上で重要である。

 

手越祐也の自叙伝は、おおむね間違った事は言っておらず対バンオファーがあっても受理されない事を含めた硬直化した事務所の対応への不満による退社は十分納得できるものだ。

 

ただ彼が掲げる米国への進出を最終到達点と考える思想には賛同できない、ネット媒体を中心にした活動と人脈を用いて独自のビジネスを展開していく方が良いと思うし、グローバル路線よりもローカル路線を走る方が良い帰結を得ると思う。

 

韓国の国策としてのエンタメは欧米向けの音楽体系を作り欧米人の評価を勝ち取る事が目標で、それに比べて日本はけしからん、という主張もあるが、個人的に日本は独自のローカル路線を歩むべきだ。

 

グローバリズムによって多国籍企業の進出に伴い地方経済はガタガタになり貧富の差は拡大した米国では既得権益のための共和党多国籍企業のための民主党という2大政党に救われないベーシックな人々の怒りが分断を生み、トランプ大統領が生まれた。

 

トランプが分断を生んだと言われるが分断がトランプを生んだ、と言うのが正しい。共和党民主党の両党共に中道であるブッシュ、クリントンに対する人気よりも既存路線に反するトランプ、サンダーズに対して期待が高まっている事を深く考える必要があるだろう。

 

ウォルマート問題に代表されるグローバリズムのローカル破壊はアメリカ社会に大きな影を落し、世界各国で同時多発的に反グローバリズムが急進的になっている、日本でも民営化を含めた安易な小さな政府への移行には注視する必要がある。

 

バイデン政権はトランプ政権を終焉させたカタルシスに舞い上がる時間はない、トランプに投票した7400万人もの民意を無視すればどうなるか、米国の分断の原因がトランプではない事に気づかなければ痛いしっぺ返しを食らう事になるだろう。

 

④心<技<体

 

 

ラグビーW杯が教えてくれたこと

 

2019年の事になるがラグビーW杯日本大会で日本代表は史上初のベスト8入りを達成した。日本人という世界的に見ても小柄な体型の選手が多い故に肉体的接触を避ける『柔よく剛を制す』事が困難な競技において外国人に勝てたのはとても大きいことだ。しかしマスコミは、この勝利を『ONE TEAM』という精神論で結論付けようとし、そこに乗っかる残念な人が多いのは事実だ。

 

ベスト8入りを成し遂げることが出来たのはフィジカル能力の向上を図った事が主因であり、エディーHC以降、受け継がれてきた『剛を制さなければ柔は出せない』に基づくものだ。

 

現代スポーツにおいては、体(フィジカル)で競れて技(テクニック)で差が付き、技(テクニック)で競れて心(メンタル)で差が付く

 

この観点から『巨人は何故2年連続で4連敗したのか』、『何故サッカー日本代表は世界で勝てないのか』という疑問に対する回答は容易に浮かぶ。フィジカルが足りていないからだ。

 

日本スポーツマスコミは、専門スポーツへの造詣が浅い人間が担当する事が多く、専門性の高い技術論やフィジカル論ではなく、安易に誰でも理解できるような精神論を展開させがちで、ラグビー日本代表の成功に関しても海外選手のフィジカルに負けないように外国人を補強しフィジカル練習の徹底で勝ち得た、という評論は本当に少なかった。

 

巨人軍がソフトバンクに勝つためにDH制を導入しようとしているが、個人的には外国人登録制限を解除して、外国人まみれのチームに変えてしまえばフィジカルでの優位性は消滅するため、巨人というブランド力による人的資本収集能力によって新たな優位性を獲得できる、と考える。

 

個人的には巨人軍は勝利よりも優先される建前が多すぎるのが主因に思えてならず、フィジカル増強に加えて組織改革が必要なのではないか。

 

●多様性による束縛条件の破れ

 

ラグビー日本代表を見て、きっと多くの人が同じことを思ったはずだ、『日本人少なくないか?』そうである、先も外国人補強という話をしたが、
1.出生地が日本
2.両親、祖父母のうち一人が日本出身
3.日本で3年以上継続して居住

1~3のいずれかを満たせば日本代表としてプレー出来る。この日本代表の勝利を『多様性の勝利』と見る向きもある一方で、感情移入し難く外人ドーピングでフィジカル優位性を解消したに過ぎず日本代表の勝利であっても日本人の勝利とは言えない、という意見もある。

 

日本人の外人コンプレックスの裏返しとして、フィジカル的に劣る『日本人』が体の大きい『外国人』を倒すカタルシスに惹かれるが故に難しい心情を抱くのも無理はない。

 

多様性が拡張し、サッカー日本代表に関しても外人ドーピングが実施されれば、ラグビー日本代表と同様に少なくない外国人がいる日本代表を我々は応援する事になる。

 

しかし海外サッカーにおいては、もはや各国代表チームよりもクラブチームの方が強いのは自明である、国籍という縛りがなく自由に選手補強が出来るのだからクラブの方が強いに決まっている。

 

仮に各国代表において外人ドーピングがテンプレ化すれば束縛条件が破れてしまうために劣化クラブチーム世界大戦へとサッカーW杯が変容する可能性があるばかりか、各国の代表を『自国の代表』として応援してもらえるのか、という懸念はある。

 

またLGBTの問題もあり男性から性転換した選手が女性選手として登録される、という事も想定され、ボーダーが曖昧化する事で『束縛による面白さ』はなくなる可能性があると言える。多様化された組織への受け入れ拒否がレイシズムと捉えられ閉口してしまう事も含めて、近い将来、小さくない課題となる、と予想される。

 

●鬼滅は何を残すのか

 

2020年、コロナ禍において国内上映映画作品歴代最高興行収入を記録した『鬼滅の刃』であるが、例の如くヒット分析が各所で実施されているが、どれも的を得ず正確な解析は少ない。

 

おそらく本質的にはコロナ禍における映画館の上映本数を爆発的に増大させた事とコロナ禍においてユニバーサルに参加出来るお祭りを欲していたのだろう。盛り上がれるなら何でも良かった、そして選択肢が鬼滅しかなかった、というのが真実なのだろう。

 

鬼/ヒトの2項対立は進撃の巨人、妹を元通りに戻す旅を続けるスキームは鋼の錬金術師、といった風に採用されているシークエンスには一切の新規性はなく、作画やルックスは良いが、興収300億作品にしては語る点が少ないのが本作の特徴である。

 

しかしヒット作とは往々にしてレガシーを残し、作家は、そこから同様のヒットを狙うべく二番煎じを生み出すものだ。

 

君の名は。鬼滅の刃、呪術廻戦といった作品に共通するのは圧倒的な作画力である。日本アニメは90年代のエヴァの大ヒット以降目立ったユニバーサルを獲得出来ずにいて佳作な原作を下地にしたアニメが少しばかりの優位性を確保するのが背の山であった。

 

技術による違い作りが限界に達し、考え得る設定が出尽くした感のあるアニメ界において、余地は作画しかなかったのかもしれない。これから数年のアニメ界の覇権は既存の設定スキームを採用しながら資本を投下した圧倒的な作画力で差をつける作品というのがポスト鬼滅時代の描像だと予想する。

 

⑤不倫だとかなんだとか

 

近年、芸能人の不倫が取りざたされる事が多く、他人の家の話なので口を出さない、という正論を実践できる人間は少なく、様々な芸能人の様々な不倫に沸いている。2020年は多目的トイレでの不貞行為などスキャンダラスなものがあり、不倫ブーム止むこと知らず、である。

 

●オープンマリッジ実装の可能性

 

結婚とは婚外交渉禁止条約と等価であり婚外交渉行為となる不倫が罪として扱われるのは納得。分かっているはずなのに男女共に不貞行為に走るケースは少なくなく不倫を題材にした作品の熱狂ぶりを見ても背徳への憧憬があるのだろう。

 

3年3か月の民主党政権が教えてくれたことを思い出そう。『守れない約束はしてはいけない』。いっそのこと婚外交渉を認可する婚姻関係を結んでみてはどうだろう。貞操を守れないなら貞操を守らない婚姻を結べば良いのだ。

 

婚外交渉を認可する婚姻はオープンマリッジと呼ばれアメリカの社会学オニール夫妻によって提唱された既存の概念だ。1970年代に提唱され婚外交渉欲求抑制放棄という観点ではなく互いを尊重し所有権や独占権に縛られない『開かれた婚姻』として成立している。

 

LGBTを始めとする多様な性の許容はデジタルネイティブ世代の成長に伴い浸透しつつあり同級生に同性愛者がいるのも普通の光景になる日も遠くない、そして父親が2人いるカップル、母親が2人いるカップル、といった多様な婚姻関係が採用されるだろうし、世間体もあるが芸能人や影響力のある人がオープンを実装する可能性も否定できない。

 

恋愛関係においてもそうだが他人の人生にどこまで介入すべきなのか、という事に関して公私の境界が曖昧な中で互いを真に尊重するためにはオープンという結論に行きつく事も決して不自然ではない、と考えられる。

 

●リッチシングルとデザインベイビー

 

元でんぱ組の最上もがさんは妊娠を公表したものの父親を明かさず未婚の母として育てていく決意を表明した。とても勇敢な選択だと思うと同時に経済的に独立した女性にとって夫が合理的に不要とされてもおかしくないと考えさせられた。

 

男性が女性に求めるのはルックス、女性が男性に求めるのは金銭、このバーター関係こそが恋愛そのものである。

 

男性が恋愛をするのは性欲によるところが大きいのは事実で恒常的性交渉相手として恋人を求めるケースがベーシックと言える。そして肉体関係を複数年続けていくと飽きが来るのは必然で不倫に走るのは動物的には自然で『不倫は本能によるもの』という言い分にも一理ある。

 

女性の立場から見ると、自分に対して将来的に肉体的興味が失せる可能性があると分かっていて婚外交渉禁止条約を締結して裏切られるくらいなら旦那など欲しくない、と考えるのは、それもまた当然と言える。

 

「結婚願望ない理由として、どんな美人で素敵な奥様がいたとしても不倫する人はいるっていうの、ニュースでみるたびに結婚への憧れが消え失せる」

 

これは最上さんがtwitterで渡部氏の不倫報道後呟いた内容である。

 

最上さんは昨今の不倫が取りざたされる世の中を見ていて半永久的な婚外交渉禁止の困難さを感じていたのだろう、いつか不倫するかもしれないパートナーに神経をすり減らすなら旦那を設ける必要はあるのか、しかし子供は欲しい、となれば未婚の母となる、というのは合理的判断だ。

 

女性の社会進出に伴い、自立し経済的に余裕のある未婚の母は増えると思う。これまでの貧困と格差に苦しむシングルマザーの描像とは違ったリッチシングルが一定数発生する、と考えられる。もちろん、そこまで資本に余裕がある人間は少ないので流行するとは思わないが。

 

また遺伝子解析技術が進んだ現在においては子供の素養をデザインする事も可能であり背の高い子供が欲しい、といったオーダーに応え得る人口精子を用いた体内受精による授かりも可能になるのではないだろうか。

 

 2020年度の税制改正寡婦(夫)控除制度に未婚のひとり親が追加され、死別・離別した人と同じ水準になり、年間所得500万円以下の未婚のひとり親は課税所得から最大35万円を控除する事に伴い選択的シングルマザーは増えていく可能性はある。

 

愛情、家族という一種の『虚構』に付き合うのではなく、合理的で現実的な選択をする人々はこれから増えるだろうし、自分も、もしかしたらオープンといった選択をするかもしれない。テクノロジーによって適度な『日陰』は消失しつつある現代に伝統的な家族観の実現は困難なのかもしれない。

 

⑥これからのセカイ

 

これから数年で起こりそうな事を付す。

 

You Tubeバブルの崩壊

 

コロナ禍前夜、YouTubeはTVに変わる新たなプラットフォームとしての可能性を示しカジサックの成功モデルを足掛かりにTVタレントは緩やかにYouTube進出を果たすと予想されていた。しかしコロナにより、この進出速度は予想を上回る速度でネット媒体でのアウトプットを誘発した。

 

芥川龍之介蜘蛛の糸』のお釈迦様が垂らした蜘蛛の糸によじ登る罪人の群れの如く大勢がYouTubeに進出した結果、物語同様に蜘蛛の糸に引きちぎれんばかりの負荷がかかり登り始めた新参者から地獄へ墜ちようとしている。

 

実際に再生回数が伸びなくなったと嘆く配信者も多くTV収録を専門とするスタッフの介入によって一本の映像にかける労力は増すばかり、またTV局も流行に乗るべくYouTuberを出演させているが、それも厳しい様相を呈している。

 

刻一刻と一本の動画に求められる質が向上していけばTV収録という時間帯効果の低い食い扶持にかまけている余裕はないし、人生を切り売りして成り立つ配信者にとっては時間の無駄でしかない。

 

これから残存するのは、おそらく『重再生動画』を持つ配信者となる、実際上位層でも毎日奇抜な事を絶え間なく続けるのは厳しい故に最も強いのは『動画遺産』を有している者だ。

 

代表格がオリラジ中田敦彦である。彼が展開する動画の主軸は書籍の要約を中心とした教養動画であり、何度も見直せる仕組みとなっている。他の配信者の動画は基本的にライブ感のある人生の切り取りであるのに比べ優位性が強い。

 

YouTubeに飽きが来るのは遠くなくオンラインサロンといった閉じた系への誘導窓口としてYouTubeを運営するのが最適手となりつつあることを踏まえても厳しい情勢と言わざるを得ず、上位層と最下層の二極化が進み緩やかにブームは収束するとみられる。

 

先行利益がどこまでもつかをにらみながら、いつ勝ち逃げするか、を上位層は考え始めている事だと思うしYouTubeは緩やかに没する。片手間でやる/見るからこその面白さが競争力の増進によって片手間で作れなくなってしまえば割に合わないと捨てる人間が現われるのも時間の問題だろう

 

●私権制限議論勃発

 

コロナ禍において我が国の政府は後手後手と形容されることが多かった、法律を決めるにも会議を開かなければならない民主主義によるものであり果てしない議論の繰り返しと煩雑な事務処理に追われては先手先手など不可能である。

 

コロナは『密の病』であり、人口密度の高い地域では感染対策を行っても『波』を避ける事は困難で有効なワクチン接種が不可能な状況では『引き籠る』しかない。

 

しかし日本において私権の制限も含めたロックダウンは法律上できず、コロナが過ぎ去れば憲法改正が党是の自民党にとってもポストコロナにて法整備に着手するのは必然で憲法改正議論にも波及させるはずだ。

 

マイナンバーカードに口座番号といった個人情報を紐づけておけば役所業務減るだろうに、私権制限への抵抗から給付金配布も迅速には行われなかった事を踏まえても私権の制限も含めた緊急事態条項を中心とする議論は必要だ。

 

我が国は軍隊の事を自衛隊と呼び、売春婦の事を風俗嬢と呼び、パチンコ(ギャンブル)をスロットマシーンだとして合法だと誤魔化し続けてきた。このようなグレーゾーンをどうするのか、を含め国家の形を議論する事は大切であり9条に関しても条文を読む限りは自衛隊解散か改憲か、の2択しかないはずである。

 

赤信号をみんなで渡って無理やり青信号とするのも良いだろう。しかし、そろそろ臭いものにふたをするのも限界で、種々の法律改正も含めた抜本的議論が実施されると予想される。

 

緊急事態において民主主義は最大の障壁になる、という耳障りの悪い教訓に耳を貸す政治家が少なくない事を祈るばかりである。

 

⑦おわりに

 

大抵の未来予測は外れる、リーマンショックに3.11大地震やコロナ禍は誰も予想できなかった。しかし、そのような予測不可能な災害を除いても20年代はテクノロジーの変化が我々の周囲の景色を変えていく。AI技術の発展、自動運転、宇宙旅行、夢のように思える事柄が我々の生活を豊かにする中で、様々な障壁が眼前に広がる。

 

2020年は本当に重い一年であった。コロナ禍、YouTubeバブル、相次ぐ芸能人の独立、イギリスのEU離脱、トランプ政権の終焉、胃もたれするほどのラインナップである。コロナ第3波に揺れる2021年初頭に、この記事を書いているのだが、まだ2020は終わっていないように感じる。

 

テクノロジーの進化によって、『人間』という言葉に代表されるヒトとヒトの『間』が消失し、今までは誤魔化せていた虚構が揺らぎ、サピエンス全史で示された、虚構=支配、という関係から支配構造も揺らいでしまっている。

 

芸能事務所の支配構造は発信力のあるタレントには無用の長物と化し、仮想恋愛も様々な限界を示し、ベーシックな家族観も揺らいでいる。

 

ただ2020は大きな分岐点となる重要な一年であり、ここから激動の20年代が始まろうとしている。このような膨大な文章を読んでいただいた方に感謝を述べるとともに、そんなあなたの20年代が幸福に溢れる事を祈念して記事を結ぶこととする。

2020年のタイガースを振り返ろう。

⓪今季開幕前までの矢野阪神

 

〇降→続

 

 金本知憲超変革路線が18年シーズンの最下位低迷による一部ファンの負の民意に応ずる形で電鉄のトップダウン『金本降ろし』を受け終焉し『続金本路線』を掲げ再起動した19年矢野阪神。木浪、近本といった若手を1.2番で使う、金本政権1年目の1番高山2番横田を彷彿とさせるオーダーを送り込み『続』路線は静かに始まりを告げた。

 

  FAで安定感抜群の西勇輝(本当に来てくれてありがとう)を獲得、また中日で防御率2.99で13勝を挙げた左腕助っ人ガルシアを獲得、更に選球眼がやたら良いマルテ、パワーカーブを投げるジョンソン(超優良助っ人)をチームに加えた。

 

 シーズンが始まると前年のお通夜の空気を変えるべく矢野監督自ら感情を全面に押し出しチームを鼓舞、大山を4番に固定し続け、生え抜き4番候補の我慢の育成を実施(それが翌年大輪の花を咲かせるのだから育成はやっぱり我慢が大事)。 

 

 投手陣はエースの風格さえ漂わせる西勇輝、下手投げ変速右腕の青柳、直球の威力は今永に次ぐレベルと小久保氏に評された若手左腕高橋遥人が3本柱を形成、そして何よりも超強力だったのはリリーフ陣、成績を眺めると

 

守屋 57試合登板 防御率3.00   能見 51試合登板 防御率4.30

島本 63試合登板 防御率1.67   岩崎 48試合登板 防御率1.01

PJ     58試合登板 防御率1.38   ドリス 56試合登板 防御率2.11

藤川 56試合登板 防御率1.77

 

 勝ちパターンのドリス、PJ、藤川の3名の安定感は勿論。凄いのはビハインド時に登板する投手の質、能見こそ防御率4点台だが、島本、岩崎といったクラスの選手を投入できる人的資本の充実は救援防御率2.70という強力なストロングポイントとなった。

 

 しかし明らかに出力の高い直球への弱さを見せ始めていた鳥谷を勝負代打として送り込んでは凡退の連続で打率.207という低迷に一部ファンの罵声も響く中で退団が発表され功労者に不相応な別れを迎えた。(この反省から同じような出力負けを見せていた福留は容赦なく20年オフに切り捨てた。)

 

 出力が向上し続ける時代において高めの速球を打ち返すことがベテラン野手には難しくなってきており生え抜きレジェンド野手の『棺桶の入れ方』には慎重な扱いが要求されてしまう事を感じる好例かもしれない。

 

 鉄壁リリーフ陣を武器として前年覇者広島カープをギリギリで追抜き奇跡のAクラス3位に終わるも、貧打とエラーの多さからゴロPが少なくない阪神投手陣にとっては頭の痛い一年で、そんな野手陣でも超強力なリリーフ陣の存在によってビハインドでも傷口が広がらず僅差へと持ち込む事が出来、最下位からAクラスへ登り詰めた。

 

 近本がセリーグ新人安打記録159安打を記録し赤星以来の盗塁王を獲得、梅野が正捕手の座を確実のものとし、球児は守護神として第2の春を迎えた、しかしエースであるメッセンジャーが引退を表明、前述の長らく遊撃を支えた虎のプリンス鳥谷は退団、金本政権でロマン砲として期待されていた横田が脳腫瘍の後遺症から引退を表明するという様々な感情がせわしなく胸に去来した19年シーズンであった。

 

 19年オフ、ブルペン陣を支えた鬼スプリットのドリスと魔球パワーカーブのPJが退団し中継ぎ陣の不安定化が心配されるものの、リリーバーだけは湧いて出てくるタイガースの人的資本を翌年に見せつけられる事になる。

 

鳴尾浜再建と打撃向上

 

 迎えた2年目、ドラフト会議では西、及川、井上といった甲子園で活躍した高卒選手を5名迎え入れた。阪神2軍が1.5軍選手のリハビリ施設の様相を呈していて血の入れ替えのため、必要な措置であった。

 

 貧打に喘いだ19年の反省から外国人選手も1軍登録人数を超過する頭数での競争を促進するために補強を敢行。韓国リーグで打点王を獲得したサンズ、MLB通算92本塁打のボーア、独特のアームアングルのガンケル、ジャイロスライダーなる変化球を投げるエドワーズの4人だ。

 

 しかし、この助っ人外国人の獲得に伴い、大山が守るポジションを失ってしまう、という事態を招き、腹案としてセカンド大山オプションを準備しておくべきだった。

 

 矢野監督は2020シーズンにおいて、2番近本、ストッパー藤川は固定し、予言の自己実現『もう優勝は決まっている、優勝おめでとう』と周囲に公言。しかし掲げたマニフェストが悉く崩れ去るのだから現実とは恐ろしい。

 

〇コロナ禍

 

 今年の流行語候補筆頭のコロナウイルスであるが、全国的な広がりを春に見せ始め新たな生活様式と行動変容が叫ばれ、120試合の実施なくしては参考記録となる規定もあり6月に開幕。コロナ禍への配慮として新外国人の登録人数を一人増やし、セントラルはポストシーズン中止(日本シリーズのみ決行)を決定した。

 

 自分自身はコロナ禍での開幕は厳しいと思っていたし、罹患を防ぐのは完璧には難しく、故に『かかったもん負け』のような形式への不安も感じていた。シーズン佳境でのコロナ離脱者を多く出したロッテはソフトバンクに大きく差を開けられてしまったし阪神もコロナ感染に伴う様々な正負両方のドラマを引き起こすことになった。

 

 開幕前、復活を期す藤浪晋太郎のコロナ感染が発覚し、当初は、名乗り出た勇気や自身の身体的異常に気づけた事への評価が広がったものの、感染がタニマチ開催の多数の男女による食事会がトリガーと報告され、バッシングも挙がり、聖人君子のような生活を送っていないと『かかったもん負け』になる事を周知した。ただ藤浪にとって皮肉だったのは先発勝利こそするものの2軍に沈んでいた中、1軍中継ぎ選手のコロナ感染による離脱によって中継ぎとして復活することだ。

 

①球夏到来

 

 

〇闇

 

 開幕12試合終わって2勝10敗という大惨事が、かつての暗黒時代を感じさせ、虎ファンの心に小さくない不安を与えた6月末、矢野監督の顔も曇り、開幕前の『優勝は決まってるんで』という予言の自己実現が寒々しい黒歴史に変わる予感が我々阪神ファンの胸を締め付けながら始まった新シーズン。問題は明らかで、プランの頓挫である。

 

 併殺率も低く盗塁技術の高い2番近本、名球会入りも見えてきた守護神藤川を固定して戦うはずが、近本は大不振に陥り、藤川も調整不足から打ち込まれ(今季限りの引退を決意させるほど)、昨季の最大の武器のビハインド時でも傷口を広げない優秀なリリーバーは守屋が調整不足から離脱、島本はケガが癒えず(オフにトミージョン手術を実行し来季復帰も絶望的)、ルーキーの小川も不安定で、先制されるとビハインド中継ぎが打ち込まれて逆転不能となり沈む、という展開をくりかえした。

 

 4番ボーアもバースの再来の再来っぷりを見せつけ、左投手を打てず、極端な引っ張り傾向を逆手にとったシフトでゴロアウトを量産し続け(意外にも空振りは少なかった)、福留がスピードボールに対応出来ず苦しみ、マルテ、ボーア、サンズのMBS砲結成に伴い昨季4番大山をベンチやセンターに起用され、ちぐはぐ感があった。

 

 今季を語る上で巨人との開幕3連戦は象徴的であった。12球団イチの捕手の充実を誇るタイガースの捕手ローテは昨季の正捕手梅野への不信と捉えられ批判を呼び、西VS菅野の第1戦でも僅差ながら先行した状態で先発西を6回で降板させ岩崎に継投して被弾。第2戦は岩貞VS田口で7回まで1点差で接戦を演じていたがVSボーアで危機を脱した高木京介とビハインド中継ぎとして大炎上を招いた小川、谷川の差が大きく1イニング8失点で敗着。第3戦では近本の先制HRでリードしたにも関わらず4回に5点を入れられ3タテとなった。この3戦、僅差であったり勝負所で確実に得点する巨人と打った手が空転したり決め切れない阪神の差を最も物語るものと言える。

 

 西降板の是非、ボーア起用への否定的意見、大山のベンチ漬けへの批判、梅野への不信と思われる捕手ローテ制への疑問、様々なイシューが在阪メディアを中心に盛り上がり、暗黒時代の再来の様相が強まった。

 

  

〇光

 

 悪夢のような『梅雨』を抜け、夏の訪れを感じさせる日光がタイガースの暗黒を明るく照らし出す。7月に入ると9月初頭時点で脅威の得点圏打率.455の打点稼ぐマンのサンズと生え抜き大砲大山のスタメン入りで形成は変わる。マルテの離脱によって空いたサードのポジションに大山を起用し、これが大山の大きな転機となった。

 

 不安定な抑えに元ソフトバンク高出力投手スアレスが着任、先発陣も8月初頭には高橋遥人が帰還し先発4試合で失点4点のハイパフォーマンスを披露(通年活躍出来れば球界を代表する左腕)し、藤浪も多少の制球難は感じるものの一時の不振は抜け先発登板5試合目で先発勝利を勝ち取った(藤浪にとって今季は援護が少ないシーズン)。

 

 シーズン開始当初に背負った借金も、みるみるうちに完済し、気づけばAクラスという成り上がりっぷりを見せた。主な原因は戦力整備にある、と言いたいところだが、実際はリーグ全体的に優勝チームのジャイアンツを含め、調子が上がらなかったところにあり、本調子ではなくても勝ち切る勝負手とメンタリティが巨人独走を生んだ。

 

 カープは中継ぎ陣が不安定で左のエース格ジョンソンも不振にあえぎ、堂林の再ブレイクとルーキー森下の大ブレイクをかき消してしまった。ヤクルトは最初こそよかったものの投手陣がやはり厳しく後半には枯れ果て最下位へと伝書鳩のように舞い戻ってしまった。横浜も打線こそ強力であるが阪神同様に守護神山崎が大不振に陥り対巨人戦での采配にも冴えがなかった。中日も昨季の打線はどこへやらで2番としてコア形成を期待された平田と守護神に期待された岡田は不振に陥り大野雄大の大エース化と祖父江と福とマルティネスの勝利の方程式の形成でなんとかAクラス入りとなった。

 

 巨人も3割打者は皆無で、シーズン開始当初から坂本と丸は不振に陥り、岡本だけが気を吐いていた、中島はコンパクトなフォームで復活したものの、阿部とゲレーロが退団した下位打線を担当する打者としては一発の恐怖がなかった、またシャークダンスでお馴染みのパーラも継続性に問題を抱え、正捕手小林は守屋の死球の影響もあり長期離脱し扇の要を失った。それでも勝負所の指し手の鋭さ、半スタメン級の選手の運用と積極的なトレードで上手く誤魔化しながら独走態勢を確立した。しかしリーグでは上手く乗り切れたが、日本シリーズの悲劇の伏線は確かに存在した。

 

 

②総括

 

〇変革へ。

 

 終わってみれば60勝53敗の2位、一歩ずつだが矢野阪神は優勝/日本一へと近づいている。しかし巨人との差は小さくない。VS巨人において8個の借金を背負い、12球団最多の失策数を記録、守備の乱れと巨人との分の悪さ、これは前述したように、勝負所での指し手と人的資本の枯渇(特に打撃面において)にある。

 

 しかしながら変わった事もある、長年阪神タイガースにおいて言われ続けてきた右打ちスラッガーの枯渇と俊足外野手の不在と正捕手の不在である。今季において、これらの要請に応手がなされた、大山、近本、梅野、である。

 

 打撃タイトル争いを繰り広げた大山は開幕当初のスタメン外に腐る事なくマルテ離脱の好機を活かし7月5日に4番を再び勝ち取った。本塁打28本(リーグ2位)、打点85点(リーグ3位)と大卒4年目にして着実に虎の和製大砲の道を歩んでいて昨年の我慢の起用に応えるような活躍であった。

 

 タイガースのホーム球場甲子園は両翼が広く浜風の影響で左打ちの強打者はなかなかHRが出にくい球場であるので、右の大砲は常に育成/補強対象であり、生え抜きとしては濱中、桜井、江越、中谷、FA補強で新井、と中々埋まらないピースに苦しんできた、そんな要請に応える和製大砲としての期待は大きく、出来るならば守備指標UZRが-4.4の是正も求めたいところだ。

 

 近本は開幕当初は打率1割台と苦しみ、足の故障も抱えながらの苦しいスタートであったものの、最終的には打率.293、UZRは脅威の19.1(平均的なセンターよりも19点の失点を防いだ)を記録しルーキーイヤーの前年の成績を向上させながら、二年連続の盗塁王という快挙を成し遂げた。

 

 糸井、サンズという決して守備が上手いとは言えない両翼を補って余りある守備は圧巻であり、フリースインガーなため四球による出塁も少なく打てない時は打率が低迷しがちな傾向をあえて変更せず見事に持ち直した。何より阪神の若手は2年生は苦しむ傾向にあった事を考えても赤星の幻影を振り払うタイガースの宝には来季も高い守備能力と盗塁技術でリードオフマンとしての活躍が求められる。

 

 梅野は昨季から引き続き正捕手として君臨し続けた。タイガースという捕手の層が厚く、守備型の坂本、攻撃型の原口というタイプも異なる事、また過密日程への配慮から捕手ローテが敢行されたが、序盤の低迷を受け梅野固定へとなった、ただケガでの離脱もあった事から矢野の捕手ローテ策が間違っていたとは自分は思わない。

 

 現監督矢野退団以降、ケガがちな狩野は定着せず、メジャー帰りの城島もケガで捕手出場は続かず、『男前』藤井が安定感をもたらした、とはいえ、サスティナブルに扇の要を務める事の出来る捕手として総合型の梅野は昨季に続いて安定をもたらした。来季以降にも期待がかかる。

 

 大和以降、生え抜きレギュラークラスがいない土壌が金本矢野変革路線によって、大山、近本、梅野という主軸を生み、確実に阪神は変わろうとしている、菅野のメジャー流出により弱体化が予想される巨人を打倒し覇権を奪還する好機は確実に目の前にある。エラーを減らし、貧打を解消し、岡田阪神から続く盤石のリリーフ陣の持久力で耐え抜く強い阪神が来季見られる事に期待したい。野村監督が撒いたタネを星野岡田で花を咲かせたように、金本知憲という大功労者を野村克也と見立てた、真の変革を成し遂げる矢野阪神の栄光が訪れる事を心から願っている。

 

  

 

〇強くなるために。

 

 今季のクライマックスである日本シリーズにて繰り広げられたソフトバンクによる巨人の2年連続の4タテを巡る議論が紛糾している昨今だが、阪神の振り返り記事である本分でも、この事に触れておこうと思う。

 

 まず、晩秋の巨人の調子は最悪であった。勝率.760で貯金13を形成出来た9月が嘘のように13勝18敗の10月11月の調子の悪さがソフトバンク戦で出てしまった。投手運用に関してイニングを食える先発が減りリリーフ陣を目いっぱい使いすぎてシーズン末には枯れ果てCSも消滅してやる気のない他チームに引っ張られるようにピーキングを誤った感が大きい。

 

 昨年の4連敗の雪辱を晴らすつもりが、第1戦で千賀のフォークを見切り直球勝負するも肝心の直球に押され凡退を繰り返し、第2戦で出どころが見えずらくテンポの良い石川に対しウィーラーの一発で精一杯、第3戦はムーアにあわやノーノーという沈黙っぷり、第4戦は打線の入れ替えで出力で押さない和田を捉えて先制するもSBの早期の継投による高出力投手陣に手も足も出ず、2年連続のスイープ。

 

 巷ではDH導入によるセパ格差の是正が叫ばれているが、大切なのは『勝つことへの徹底がなされているのか?』という点にある。巨人はSBの高出力の直球とスラットスプリット理論を体現するかのような現代的な投手層に苦しんでいたが、昨季、その投手陣の代表格である千賀の直球をスタンドへ放り込み、守護神森のカットボールをはじき返した打者がいた、阿部慎之助である。

 

 ではなぜ、阿部慎之助は今季いなかったのだろうか、それは昨季に引退したからである、しかしながら本人もこぼしていたように、この引退は次期監督候補筆頭の養成期間の確保のための引退要請が原辰徳含めとする上層部からあった、からである。ここにこそ巨人とSBの差があると思うのだ。

 

 巨人の監督は現役期間中は巨人にのみ在籍した生え抜きかつ4番/エース経験者に限るという不文律の数少ない適合者が阿部慎之助であった。しかし昨季SB投手陣への抵抗を見せ下位打線の迫力を増大させていた阿部がスポーツ面とは関係ない理由で引退させられるほどの余裕が今の巨人にあるのだろうか?純血主義という伝統を否定するわけではないがゲレーロ、阿部を欠いた巨人打線は厚みにかけ高出力に押され続けた、目の前の一戦を勝つ事に殉じたと言えるだろうか。

 

 2010年代初頭の海外サッカー界はFCバルセロナの黄金期の真っただ中であった。ライバルチームにして球界の盟主レアルマドリーは、ある劇薬を注入する、当時なりふり構わず勝利を目指すスタイルでバルサを打ち破ったインテルの指揮官であったモウリーニョの招聘。マドリディズモという一種の美意識に囚われずバルサを倒すという一点のために招聘を決断したマドリーは2013年から2018年の間の最強決定戦であるチャンピオンズリーグ5大会のうち4大会で王者となる(モウ在籍時の戴冠は無かったが基盤を作ったのは間違いない)。

 

 今、巨人を含めとしたセントラルリーグ関係者が議論すべきはDH制の有無ではなく、目の前の一戦を勝つために如何に本質的な事を追求し非本質的な事を捨て去る事が出来るか、ではないだろうか?

 

 SBと普段対峙している楽天は石井GMの下で選手への過度な温情を捨て去った柔軟な戦力の入れ替えで市場をにぎわせ、西武は選手流出を止めるべく主力選手の待遇改善と資本投下を決行した(増田引き留めは小さくない変化)。ぬるくても育成で巡り合わせが良ければ優勝出来るというユートピアパシフィックリーグには存在しない、刻一刻と合理的に強靭化の一途をたどるSB帝国が存在しているのだから。

 

 巨人阿部慎之助の力学的事情による早期引退を痛罵したいわけではない、純血主義も立派な思想であろう、しかしながら、そんな余裕は今の巨人、いやSBと対峙するチームにはないはずなのだ。

 

 梶谷と井納のFA獲得への否定的な声もあるが、自分は、この補強は正しいと思う。育成が正しく補強が間違っているのではなく、強くなることを放棄して思考を止める事こそが最もいけない事なのだ、パンチのない外野両翼の補強は勿論、中継ぎ陣をフル稼働せずにピーキングを日本シリーズに合わせる事が出来るようにスターターは一枚でも確保すべきだし、この補強への文句は理解出来ない。

 

 来季の巨人は外野両翼の打力向上とコア(坂本/丸/岡本)の前後を打つ選手の質を上げる事が求められる、また菅野が抜け先発が食えるイニングが減る事による中継ぎ陣の運用もシビアになってくるだろう、出来る事ならば菅野にはもう一年残留してもらい、戸郷と共にイニングを食ってもらう事が求められる。一塁と左翼の助っ人外国人の質が来季を大きく左右すると言えるだろう。

 

 コロナ禍において、我々は不要不急の事柄の自粛が要請され、今やろうとしている事が本当に必要なのか自問する時間が多かったと思う、その中で硬直化した組織が柔軟性を獲得出来る好機と捉えて新しいアイデアを試行した人間と前例主義で思考停止した人間の差がポストコロナ時代において大きな違いとなって現れるはずだ。

 

 本質的な事を追求する野心と非本質的な事を捨て去る勇気、そういったものを大事にしながら合理主義的にSB帝国に追いつき追い越せるような気概を持った野球人を来季多く見る事が叶う事を願いながら記事を結ぶことにする。

ハロウィンキャス書き起こし+α

⓪はじめに

 

この記事は質問箱でリクエスト頂いた記事で2020年10/31(土)に実施させていただいた質問箱に届いた院試関連の質問への回答を中心に話すツイキャスの内容の書き起こし記事となっています。基本的にブログ記事は読みたいと思って下さる方の要望に応じて執筆しますので、質問箱含めお気軽にリクエスト頂けるとありがたいです。ツイキャスでの内容ゆえに話し言葉が中心なのはご容赦下さい。

 

①質問への回答

 

こんばんは、いや、ハッピーハロウィーンて言った方が良いのかな笑。先月末に初めてツイキャスというものをやってみたんですけど、質問とかを受け付けるような形だとテンポが悪くなるという事に気づきまして、会話とかは、コラボ?みたいなもので具現化出来たら、と思います。

 

前回のキャスの反省から聞いてくださってる方が作業中BGMのような感じで聞いていただけるように自分の考えをアウトプットしようかなぁと考えて、今回は『院試』をテーマに独り喋りしようと思うので、良かったら聞いていって下さい。

 

2ヶ月に一回くらい月末の土曜におしゃべりしたいなって思います。土曜の方が学生さんにとってもありがたいかなぁと。前回は高校生の方もお聞きになられてたみたいなので、なるべく配慮した時間帯での実施をしようかと思います。

 

今回は質問箱に届いた質問に丁寧に返答を与えながら、お話をしていきたいなぁと思います。まぁ院試の事についてはブログ記事にもupしてはいるのですが、そちらで書ききれなかった事も含めて今日話せたら、と思います。

 

『 研究室訪問 いつされましたか?』

 

僕は大学院は2校受験させていただいて、そのうち1校は内部(在学中の大学)なんですが、内部、という事なら1年生の時にお邪魔しました。初めての専門科目まぁ物理系なんですが古典力学の担当教官の方の居室に質問に行ったんですよ。

 

1年生の頃から色々な先生にお話し聞かせてもらえて、今となっては財産です。そういった経験を出来ないコロナ禍での1年生は本当に可哀そうだなと思います。

 

自分は学者になりたい事を公言していて博士学生減少に悩む大学、それも地方中堅大学だと、珍しがられて色々教えてくれました。コイツ気合入ってるなって思ったんでしょうね、その中で気の合う方もいましたし、そうでない方もいましたね。自分の性格として腹割る人間が好きなので、そういった方とは懇意になりました。物理系だと比較的気を遣った話し方をされる人が多くて、数学系の方がハッキリ言う方が多かったですね。まぁこれは大学によるかもですが。

 

そんなハッキリ言う数学系のある先生の一言が今思えば外部院進のキッカケになったなぁと思いますね。εδ論法について質問しにいった時、自分が質問しにいった先生はご不在で代わりに教えて頂いた年配の先生(退官されたんですが)の指導が凄くて頭の回転がものすごい早くて、驚いたんですよ。その時、『学者』を知りました。その後に質問しようと思っていた先生に顛末を報告すると、あの人は凄い先生だよ、でもね旧帝大とかだと、もっとすごい人がゴロゴロいるし、ウチだと、そこまで熱心な君にとっては物足りないって感じるかもね、って言われました。

 

それから本学物理学系教員の出身大学調べようと思って、教員って学者総覧ってのがあって博士号取得の機関とかって掲載されてるんでネットで調べるとね、22人中15人、約68%が博士課程において旧帝大出身だったんですよ。でも自分の通ってる大学は旧帝大ではない、と。これ僕、学者なれんのかな?って、その時に外部院進ってどうなんかな?って思い始めたんですよね。学振でもDC1が67%,DC2が71%ですしね。その時に博士取得機関と年齢、分野とかをエクセルファイルにまとめてたんですよ笑。でもそういうヒマがあるのって学部生の特権ですよね。

 

外部研究室訪問は今年の3月にしました。コロナ流行り始めみたいな感じで、相手方も『スカイプでも良いですよ、』と勧められましたが僕は『ずっとあなたと研究したいと思っていて志望していたので受験説明会の開催が不透明な中、直接会える機会は絶対逃したくないです、お願いします』って言ったんですよ。今思えば迷惑なやつですよね笑。でもそれだけ熱意は持ってましたし、合格出来て本当に良かったです。

 

研究室見学するときに大切なのは、ゼミの実施内容の確認と教官の人柄かな、と思います。自分はB4とM1でやられてる輪読ゼミの書籍と1週間のルーティーンを聞きました。その話の中で『ウチは理論系だからか、院生が全然研究室来なくて、議論したい時にいなくて困るんですよねぇ』というボヤキを仰っていました笑。

 

『 研究室っていつどんな感じで決めるんでしょうか?』

『B4の研究室選びについても語って欲しいです。』

 

まず、物理系研究室って言うのは大きく分けて理論/実験に分かれるんですね。偏見ですけど理論の方が頭良いみたいなのはあります。本学の数学系教員に『数学は理論から逃げられないけど物理は逃げられるから良いよね』っていう爆弾発言されましたし笑。

 

そしてもう一つの区分が分野、ですね。物素核宇と僕は呼んでるんですが、物性物理学、素粒子物理学原子核物理学、宇宙物理学の4分野。つまり4分野2種なので8種類の研究室が考えられるんですよね。本学は宇宙実験ってないんで、7種類しかないですけどね。僕は物性物理学の理論系の研究室に配属されました。修士でも物性理論です。分野に対するイメージとしては素粒子原子核理論は総称して素核理論と呼ばれるんですが、もうエリートが行くところというか花形ですよね。その世代の一等星が集まるとこです。まぁウチだとexp(-x)のグラフ書けない人間が素論行ってるんで、大学に依るかもですが笑。

 

まずこの種類のどれ選ぶかってのを決めるタイミング次第ですよね。僕は超伝導現象に興味があって、もうB1の夏休みには物性理論行き決めてたんですよね。実験は全然興味なかったんです、学生実験とか全部つまんなくて、あれって仕方ないんですけど、既存の実験結果の再現やらされるばっかでつまんないんですよね。ピアノ教室でずっと指の体操やらされてる感じで、まぁつまんなかったです笑。

 

まぁでも選択分野はやりたい事が一番ですよね。学問って苦しいですし、好きじゃないと続かないんで。あとやっぱり教員の方の教育方針とか人柄って大事ですよね。今のボスも人柄は抜群ですから、死んだら絶対天国行けるくらいの人ですね笑。

 

そんなボスに背を向けて外部移籍するんですけど、じゃあどうやって外部志望になったか、どうやって選んだか、って事なんですよね。

 

 

『大学院を選ぶ時の研究内容以外でのポイントを教えてください』

『大学院を研究内容に重点をおき大学のレベル(ロンダにならない)を落すことについてどう思いますか?』

 

物性理論進むって決めたのが早かったので、院生の方とも仲良くなって、その中で言われたのは『君の実力をココで完全に発揮するのは難しいよ』と。そして自分が博士、その先の夢でもある学者になるかどうかを見極める上で、修士って僕の中では博士以上に進むかどうか、を判断する場所なんですよね。だからこそ今のゼミでどれだけ頑張っても同期とか自分よりも志も実力も低いから、やっぱ己の真の実力って測れるのかな、って疑問に思ったんですよね。それがB2の冬くらい、野心に溢れた同期がいそうな旧帝中心に難関大の物性理論ゼミを片っ端から調べ始めたんですよ。

 

そして今回受けた研究室に行きついたんですよね。自分の信頼する人の意見が大きかったです。自分は超伝導の発現機構の研究がやりたくて、でもそこまで確固たるものではないしマイナーなものも扱っていて、博士に行くかどうかを見極めるうえで一番大事なゼミの空気感と教員の人柄、そういった事を、菅総理風に言えば、総合的、俯瞰的に判断しました笑。

 

良く巷では学士受験に比べて修士受験の方が難関大に入りやすいので、僕みたいに中堅国立から旧帝大修士移籍するのをロンダリングって呼ぶんですよね。で、今回の質問なんですけど、修士課程に何を求めるかってとこで回答は変わると思います。

 

僕の場合だと修士は博士に行くかどうかを決める場所なんで大学院受かったのは成功でも失敗でもなくて、一番の成功って納得して修士以降の進路を決められた、かどうかなんですよね。だからロンダ云々は気にしなかったです。

 

質問者様の質問は、修士に何を求めるか、ですよね。博士行きを僕と違って悩まずに決めてるんなら研究内容を考えた進学は合理的ですし、そこに大学のネームバリューは関係ないと思います。ただ学振でも何でもそうですけど資本と人的資本両面で結局難関大って優れてるんですよね。何だかんだで実力のあるプロ野球選手ってメジャーリーグ行くのと似てるかなと、なんだかんだで帝大強し、みたいな笑。

  

『4/20 院試の勉強始めたのいつですか?一日何時間院試の勉強してますか?』

『7/25 院試の勉強って演習⇒復習のサイクルを繰り返す感じですか?』

 

そうですね。具体的に院試の勉強を始めたのって僕の場合は3年の冬くらいでしたね。僕は学部物理の習得を早めにやってたんで、2年終わるところで基幹四教科の履修は終わっていて、2年の冬はQFTやって、3年の夏には固体とグリーン関数の勉強してたんですよね。そして3年の冬休みから本格的に院試の勉強始めました。まず受験科目が英語と物理で、過去問を見て対策を練りましたね。

 

基本戦略としては物理系院試って大抵は力学、電磁気、量子、統計の4科目に物理数学入ってくるかなという感じなんですが、作成可能問題考えると統計力学って本当に少ないんですね。正確に言うと平衡統計力学って結構繊細というか、あんまり作問しづらいんですよね。だからこそ狙い目で、統計で稼ぐのが大事なんですよね。だからこそ難しい大学になると統計分野だけでなく熱力学入れるんですよ。作問が難しいんでしょうね。

 

あと、古典力学も剛体、解析力学、天体しかないんですよね。慣性モーメント何回聞くねんって笑。統計と力学は稼ぎ所ですね院試は

 

量子と電磁気に関しては典型問題マスターするだけですね。サイエンス社の黄色い演習本の掲載問題を徹底的に演習していきました。黒い詳解演習は辞書替わりにして、幅を増やしながらやっていくイメージですかね。典型問題のマスターがやっぱ大事ですね。

 

僕はB4の春、今年の春ですね。一日7時間くらい院試の勉強してました。勉強方法は典型問題を何度も何度も解き続けるっていう単純なものです。反復が大事ですね。まぁ僕は物性理論なんでそこまで大変ではないですけど素論とかは地獄と聞きますので、徹底的な演習量が求められるでしょうね。

 

幸いというかコロナ禍でzoomでゼミやってたんですけど、僕が同期の中で一番優れている、とは言いませんけど、脅威に感じる同期とかはいません。そういうゼミとかやってると、このままここで井の中の蛙やってて大丈夫かなっていう疑問強く感じていたんで、より院試勉強に精を出していました。イキがる井の中の蛙にならんように、上には上がいるんだからもっと頑張らないと、と思ってました。

 

その結果大学院レベルの学習が疎かになってしまってるので取り戻しに必死です笑。

 

 

『 もし院試が不合格だったら博士課程でもう一度受験し直す覚悟でしたか?』

 

確かに不合格だったらっていうのも考えました。ただ、その場合、僕は学者への道をあきらめてたかもなって思います。

 

院試受からないって言う事は素論ならまだしも古典体系の理解が甘いってことなんで、クリア出来ないならそれは自分の中で終わりかな、ってなってたでしょうね。僕にとって修士は博士に行くかどうかを決める場所、その場所として本学が相応しくないと思って外部移籍希望出したわけですから、博士に行くかどうかを決める事の出来ない場所で過ごすって事は自分にとっては事実上の修士止まり確定状態だと思っていました。

 

でも実際不合格の方もおられるんですよね、この世界の片隅に。コロナ禍で面接だけで謎に落とされた、とかいう事態もあると思いますし、実験は殆ど落ちたの聞かないですけど理論とかは旧帝クラスだと普通に落ちます。本学物理学科同期は5人受けて4人受かったんですけど、第1志望受かったの僕だけです。

 

だから合格と一言で言っても色々あって理論で受けたけど実験に飛ばされた、とか第2志望とか適当で良いやとか思って知らずに難しい分野に志願して、そのための準備で今死んでる同期とか、その人は主体性のカケラもない人間なんで、本当に何でこんな人移籍出来たんだろって思うんで、やっぱ成績云々よりもタイミングとか大きいんだろうなぁって思いますね。それが良いのかどうなのか分からんですね。

 

理論は本当に学力厳しくみられるので、まぁここら辺が実験より理論の方が優秀、素論は至高、みたいな思想を生むのかな?と思います。だからこそ、理論受ける人はしっかりと勉強頑張らないと、ですね。

 

『外部院進にgpaや単位数って何か影響ありますか?』

『最近院進する人減ってきたなぁって実感あります?』

 

外部院試には関係ない、のかな?ブラックボックスだから分からないですが、ただ僕の場合は内部院試には影響を与えたと思います。内部院試は面談だけだったんですが、指導教官とのzoomでの面談で、『君が優秀なのは分かってるから』というスタンスで終始これは試験なんだろうか?っていう笑。

 

ちなみに僕のGPAなんですけども、あ、その前に定義言いますね。講義の100点満点の素点から50点引いて10で割ったものがGPです、例えば80点獲ればGPは3という事になります。そしてそれぞれのGPに単位数を掛けて足し合わせたものを総単位数で割ったものがGPAなんですけども。僕は3.5ですね。物理科目だけだと4.1くらい。だから僕が履修すると物理なら90点ぐらいになる、みたいな。このGPAで学科6位くらいかな、まぁそれよりも上の人、僕の自主ゼミの人で過去問解答やらなんやら渡したの僕なんですけどね笑。

 

あとGPA評価法に関しては、正直全く興味はないです。ただ現状では、採択するしかないのかな、と思います。教育の成果の絶対的定量的評価指数なんてありえないんで。教育ってめちゃコスパの悪いギャンブルくらいに割り切った方が良いんですけどね。僕自身は大学が学位取得機関としてミニマムな存在になるべきだ、と主張していて、時間割の概念壊すために非対面でアーカイブ化しろってずっと言ってますから。

 

文部科学省は対面講義やりたがってるみたいですけど、コロナで得た非対面の知見使わないと教員減り続ける今のアカデミックにおいて履修不可能な科目への対応で詰むと思うので、個人的にはヨビノリさんみたいな人が動画とか作ってそれを複数大学で共有するスキーム採用するんじゃないか、と予想してるんですけどね。国立大学における講義の民営化と僕は呼んでます。そんな未来が近い将来来ると思いますし、柔軟に国難を良い意味できっかけにしてより良い教育機関としての発展を望みたいです。

 

②使用した参考書

 

①に付した内容がツイキャスで僕が話した内容なんですが、どういう書籍でどんな学習してましたか?と聞かれたので。

 

(ⅰ)サイエンス社の黄色い演習本の力学と電磁気学

(ⅱ)数理工学社の黄色い演習本の量子力学統計力学

 

掲載されている問題をマスター出来るように何度も手を動かしていました。数値計算とかはスキップしてました。最初にざっと解いて間違えやすい問題とか重要な問題に絞って毎日のローテとしてトレーニングとして反復演習していました。

 

(ⅲ)共立出版の詳解物理演習

 

殆ど辞書としての運用が中心でした。黄色い演習本だけだとパターンが足りない時とかに補充としてやってました。ここに掲載されている問題解ければ院試は完璧なんでしょうけど、骨の折れる問題も多いですし、バリエーションに富みすぎてるので、剛体問題や頻出分野に絞って演習してました。

 

あと、英語の勉強に関しては、物理系の洋書を少し読んでたくらいで、殆どやってないくらいでした。

 

③さいごに

 

ツイキャスはまた、いつかやりたいなぁと思っていて、コメ待ちの時間には野球とかサッカーの話をやったりして、また聞いて下さる方が楽しんでくれたり、僕自身も楽しめるようにアドバイス頂けたら嬉しいです。

 

院試について

⓪進路

 

今回は読者の方からリクエスト頂いた、大学院入試(院試)について述べます。僕は国立大学の理学部物理学科学士課程4年生(B4)であり卒業要件を満了すれば来年度は修士課程進学、就職のどちらかを選択するのがベターな進路と言えます。

 

理系の学生さんの6割から7割は修士課程進学(院進)をしますが、院進には2通り存在し、在学大学学士課程から内部修士課程へ進学する内部院進、外部大学修士課程へ進学する外部院進があります。

 

僕自身は外部院進を志望し、大学院入試を受験し合格し、幣学が定める卒業要件を満たせば来年度から外部研究室での2年間の修士課程が始まります。

 

当該記事を書くにあたり外部院進に興味のある方にとって価値のあるものにしたいと思うのですが、今年はコロナ禍の院試で汎用性があるか疑義がありますが、コロナ禍について思った事も含めてお話出来たら、と思います。

 

①動機と軌跡

 

僕は物理学者になることが夢で、その為に物理学の専門的な学習が可能な物理学科への進学を決め、進学先としては訪れた事のない地域に住んでみたいという思いがあり、修士移籍可能という事も考え現在在学中の中堅国立大学に進学しました。

 

学部1年では履修している講義担当教官の方の居室に講義についての質問を伺うという名目でお邪魔し、様々なお話を聞かせていただきました。その中でも印象的だったのは旧帝大の人的資本の豊富さについてのお話でした。入ってくるヒト、モノの質は違うと、力説されていて旧帝大系の研究室への興味がわきました。

 

初めて、お話させていただいた先生(現在所属中の研究室主宰)には修士課程まで残留してから博士課程で移籍するのもアリ、との助言も賜ったのですが、その方も外部院進で名古屋大へ移籍していて、そこで出会った優秀な先生との出会いは自身の学者人生に大きく影響を与えたとおっしゃっていて、ふと本学教員の修士課程における旧帝大出身率の高さを見て、学者になるには、やはり旧帝大級の研究室に移籍するのが得策なのかなぁと思いながら色々な旧帝系の大学の研究室のHPを眺めていました。

 

学部2年になり専門科目の講義が増え自然と同期の名前と顔も覚えだし友好を深めた数人を誘い自分が主宰の自主ゼミサークルを発足させました(今でも、この活動は続いていて、来年以降も遠隔でなにかしらの活動を定期的に実施予定)。

 

また、院生の知り合いの方も増え、9月にはtwitterアカウントも作成し、現実、デジタル両方の世界で物理学徒の方々との人の輪が広がるにつれて様々な意見交換をする中で日本の自然科学の研究に従事する人間の現実や課題も知りました。

 

学者になるまでの困難さ、また学者になってからも教育や事務作業に忙殺されながらも研究を続ける厳しい現状を見て、白い巨塔の主人公である財前五郎の『大学教授は未来が約束された仕事』というセリフとはかけ離れた世界が学者になるという選択に疑念を与えるのでした。

 

こうした疑念を受け、学者に自分が向いているのかどうかを見極めるため内部院進、外部院進の両面から経験者や興味のある分野の研究室のOBの方にもアクセスし、物理の学習もしていきながら時が流れていきました。

 

学部3年になり、翌年の研究室配属も見据え、1年生の時から何かと相談に乗って下っていた先生の研究室への志望を抱きつつ、学習に努めました。成績は良い方だったので配属には何も障壁もなく、院進に関しては内部であるならば踏み絵(専願)を踏めば自動的に内部院進出来る成績は残していました。

 

学部4年になろうという時に、外部の研究室を第1志望、本学内部の研究室を第2志望として受験をすることを決意。決意の理由は自分の器を量るため、です。現在所属する研究室で一番信頼している博士学生の方から『今の研究室だと君の能力を100%発揮するのは困難かもしれない』という助言を受けて、自分が学者に向いているのかを判断するための場所として外部への移籍という選択肢を選ぶことにしました。自分が研究生活に向いていて人生を賭ける覚悟を持てるかどうかを判断すべき場所として現在の内部の環境では難しいと考え、優秀な学生さんや上質な人的資本のある環境で自分の可能性を見定めるために外部院進を志望しました。

 

志望させていただいた外部研究室の決め手はHPが定期的に更新されていてコロナ禍で学部4年の配属を付さない研究室もある中、しっかりと記載されており、外部の人間を受け入れる素地がありそうなことや、訪問時に実際に話した時の教員の方の雰囲気、そして何よりも自身が信頼する数人の人間の意見が大きかったと思います。研究テーマもメジャーなものとマイナーなものの両方が存在していて、理想的と思いました。

 

大学院入試は研究室選びであり、親を決める、いわばサカヅキを貰う人間を選ぶ作業だと思っているので、研究テーマも大切ですが、自分は何より良好な人間関係を構築できるかを重要視しました。この人の下に付きたいと自分自身強く信じられる人間でないと嫌だ、という考えが強かったように思います。

 

②院試攻略

 

そもそも外部院進は内部院進に比べて不利と言われ、それは過去問の解答(問題は大抵は公開)の製作または入手、試験問題製作教員の問題作成の手癖の把握、合格者からの情報獲得、が難しいことからも良く分かります。院進生の9割弱が内部生という事からも外部受験の難しさが分かります。

 

そこで外部院進に成功した立場として院試攻略のために重要と思うポイントを2つほど列挙したいと思います。

 

⑴情報の確保

 

なんといっても外部の人間にとっては指導教官の人柄や研究室の雰囲気、また過去問解答や口頭試問での適切な振る舞いといった様々な情報が欠落します。研究室訪問やHPの閲覧だけでは限界があり、HPがマメに更新されているか(外部からの獲得に積極的かどうかの判断材料)、博士学生がいるか(自身の数年先をイメージしやすく生きた教材が身近にいる)といった部分から推察は出来ても外部からは見えない部分も多いです。

 

重要なのはやはり人脈です。過去問を解きあってくれる人、腹を割って聞こえの悪い事も教えてくれる人(聞こえの良い事を言うだけの人間は人脈とは言わない)、僕は両方にtwitterを通して出会えました。こうした交流は大切ですし、普段関わらない知り合いのFFさんではなく、DMで密に連絡をとって相談に乗ってもらえる方と出会うのはとても重要なことだと思います。院試合格に何が一番寄与したと思う?と聞かれたら、人脈が大きかったと答えます。人と交流するのが苦手な方もいると思いますが、腹割ってくれる人間を増やすことは大切ですし外部院進考えるなら重要な要素の一つだと思います。

 

⑵勉強法

 

何と言っても試験なのですから当然ながら試験攻略が重要になります。ここは何より過去問分析につきます。大学によって出題科目にも違いもあり英語試験をTOEICで代替したり、数学試験があったりしますので大学によります。ただ間違いないのは物理試験はあると思いますので笑。そのことについて触れておくと課されるのは古典力学、古典電磁気学量子力学統計力学の4分野で。そこに物理数学や相対論が加わる感じでしょうか。

 

大学によりますが古典力学統計力学は想定される問題のバリエーションが限定されるので得点源にしやすく(古典力学は大抵が解析力学、剛体、天体が多く統計力学も作成可能な問題が少ないため熱力学を出題しパターンを増やす大学もある)、典型問題を何度も解くことが重要だと思います。英語に関しては、問題が公開されないことが多く、これも人脈を使っての確保、出題問題を聞く、といったことが求められます。やはり情報って大事です。

 

使う問題集は正直どれを使用してもそう変わらないと思いますし、自分に合うもの(問題の解説が自分好みかどうか等)を選べばよいのではないか、と思います。僕は典型問題をノートにまとめ、それを再現できるように何度も何度も手を動かしました。

 

これは後悔でもあるのですが、学部で力学や電磁気学を学んでいるときに院試問題に手を付けるべきだったと思っています。物理の理解(分かる事)と処理(解けること)はイコールではないので、早めに着手すべきだったと思っています。

 

③祝合格

 

ありがたい事に受験させていただいた2校両方ともに合格し、来年度から研究室移籍の運びとなります。この合格は過去問の解答の比較に付き合って頂いた方や進路相談に乗っていただいた方々、また内部の情報を提供してくださった方のおかげです。改めて感謝申し上げます。

 

募集定員を上回る合格者を出す大学も少なくない中、自分の合格した大学は定員を8人下回る様相で。1次の筆記試験で落とされた方、2次の面接に進めても希望分野の面接を受ける事を許されなかった方、不合格になった方、与えられた受験番号それぞれに、お名前があり物語があることを考えると自分は本当に恵まれた立場にいると思っています。健康に研究が出来る事、第1志望研究室で研究出来る事に感謝しながら日々精進して参りたいです。

 

だからこそ後進のためにも、知は探求し発信し共有されてこそ意味があり独占すべきではない、という座右の銘の下、過去問解答もいずれ公開したいと思います。たしかhatena blogはpdf貼れないんでどうしようか考え中です。ただ解答の整理はついているので一部は今すぐにでも公開は出来る次第です。ただ解答を公開すると進学先がモロバレになるんでどうしようか悩んでます笑。

 

受験までの主なスケジュールとしてはB3の頃から志望大学候補の過去問で雰囲気をつかみ、色々な人の話を聞いたり調べたりしながらB4が始まる前に志望先を決定し、典型問題のまとめ、5年分の過去問解答を整備し、4月から8月の間に典型問題のインプットを繰り返し、本番に臨んだ、といった感じです。

 

④院試を終えて今

 

僕はB2くらいの早期から外部院進を模索し自主ゼミメンバーを含む周囲にも外部への移籍願望を公言していました。同意見の同期も10数名いましたが物理学科同期で外部受験をしたのは5名(内4名合格)で外部移籍希望者に未受験の理由を聞くと、環境の変更の煩雑さ、コロナ禍というイレギュラーな状況、移籍後の環境への適応の心配を列挙していました。

 

また、これは多くの大学で実施されているのでしょうけども、同期の中である程度優秀な成績を収め踏み絵(専願届)で忠誠を誓えば書類選考のみで合格してしまうため、黙って専願にして院進出来るチャンスをふいにしてでも研究室移籍するリスクを重く見た学生さんが多かったのかな、と思います。当然リスクは慎重に考慮すべきですし今後の人生に大きく影響を与えるので移籍、残留どちらかに不等号を与えるべき事案ではないと思います。

 

それでも外部移籍を考えて受験しようと思う方は最低でもB4の春学期から志望大学の問題情報の入手と典型分野の探索、そして典型問題のマスターなどに着手するべきと思います。勉強にフライングはないので早め早めの着手が理想と思います。また同時に志望研究室の情報をHPや人の輪を通じて入手することをオススメします。

 

また今年度の受験にはコロナという文脈は避けて通れず、接触をさけるための口頭試問のみの受験に切り替わって謎に落とされた、という事案も発生していたり通常の試験での合否とは異なった基準が採用されてしまった事への悲喜こもごもあるでしょう。

 

2020年の春ごろから中国の武漢を起点として流行したCOVID-19通称コロナウイルスによる感染症狂騒曲により大混乱が生じ、大学でもリモート講義を中心とした非対面形式がデフォとなり生活様式の変化が要請されました。ただ大学から遠方に実家がある僕は今学期は学校はおろか研究室へも通う必要がなくなったので有意義に院試勉強が出来ましたし、本当に楽でした。zoomでの輪読ゼミが唯一の履修科目(1年の頃から計画的に卒研だけ4年生で獲れば良いように調整してきた)だったのですが通常のゼミよりも早く終わる事も多く、コロナによる負の影響はほぼなく、コロナ禍による院試にネガティブな思いは一切ないです

 

自分自身はかつてブログでも付した通り遠隔講義の利用による時間割の概念破壊に基づく多様な履修実現を願っていた事もあり好意的に受け止めていましたし、硬直した組織が唯一柔軟性を発揮できるのは危機的状況のみなので、今回で得られた知見が未来にとって良いレガシーになる事を望むばかりです。

 

ただ非対面講義の実施が大学側の『手抜き』と見る風潮から強制対面へと舵を切っていくのはゲンナリしますし、非常時における決定の先延ばしと様子見のための基本方針提出の遅延を見ていると、この国も変わらないな、と辟易する一方ですが。

 

内部院試に関しては感染症対策により事前に問題が配布されレポート提出と軽いzoomでの面談で合否が決まり、結果として受験者全員が合格するという、院試とは、、、といった様相でした。コロナで損した院試、得した院試の両方があるのでしょうけども研究者が良く言うセリフですが、『人生も研究も縁と運』なのでしょう

 

2大学の院試本番に関しては淡々とやってきたことをこなしただけで特別な感慨はありませんでした。打てる球を確実に打つことに集中し、面談でも確実に知っている事しか答えないという立場を堅持しました、詰みまで確実に見えた筋しか打たないという事に徹し素直に努めた次第です。

 

⑤おわりに

 

長々と書いてきましたが、典型問題の解法を叩きこみ、打てる球を増やすための再現性向上に時間を費やしながら人の輪を広げて内部情報をゲットし粛々と学習に励むのが地味ながら院試攻略の最大のポイントなのかな、と思います。試験とは出題頻度の高い手筋の分析と想定される問題の解法の再現力の向上が王手飛車取りなので、そこは院試でも変わらないのかな、と思います。

 

合格発表当日は緊張もしましたが自分の受験番号と研究室割り振りの掲示に自分の名前があった時は本当に嬉しかったです。縁と運に恵まれたんだな、と思いました。そして同時に自分の前後数名の番号がなかったのを見て、試験当日の前後に座っていた方の顔を思い出して(前に座ってらしゃった方はボロボロになった演習本を読んでいらっしゃいました)思うところもありました。所属を受け入れていただいた研究室の期待に応えられるように頑張ろうと思います。

 

大学へ通いたくても通えない人が世の中にはたくさんいて、学びたくても学べない人も世の中にはたくさんいて、そんな方のために懸命に毎日を生き、知を発信し、人々の暮らしを豊かにするような研究者になる、という夢を叶えるべく努力して参りたいと考えています。

 

自然科学研究者とは非本質的な事を捨て去る勇気を持ち、本質を追求する姿勢を持ち世の中の人々の暮らしを豊かにすることに身を尽くす人を指すと自分は考えていて、そういった人間になる器の人間なのかを見極めるべく外部院進先で己と向き合う所存で、物理だけでなく保険数理や宅建行政書士といった資格取得にも挑戦しようと思います。学部時代は飲み会やクラブ、サークルといったものと無縁の生活でしたし良くも悪くも物理しか記憶にない学部生活だったので笑、幅を広げる意味でも博士行きを辞めた場合の就活のためのリスクヘッジも考えて様々な事に修士では挑戦したいと思います。

 

人は何故生まれてきたのか、被造者が人間を作りたもうた理由とはなんぞや、との実存主義の問いに対しキリストのような万民の救世主にはなれないかもしれないが、誰かのための貢献をするため世の為人の為に生きるため、そのために生まれるのだ、と自分なりの解答を持っているのですが、今回僕が付した文章が院進を考えておられる学生さんの一助を担えましたら至上の喜びです。

 

御拝読頂いた方々に感謝を申し上げ、本文の結びとさせていただきたいと思います。

ノスタルジアというテロリズム(『クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲』批評)

⓪地続きという異例の恐怖

 

多くの方はクレヨンしんちゃんという漫画作品、もしくはテレビ朝日系列の放送局で放送されているアニメ放送をご覧になったことはあるでしょう。そうでない方のために説明すると、さくら幼稚園のひまわり組(年中組)に属する野原しんのすけ(5才)を主人公とし、父ひろし、母みさえ、妹ひまわり、ペットの犬シロという家族を中心とする日常系ギャグマンガ(アニメ)です。

 

『オトナ帝国』を語るうえで、一番欠かせないのは、クレヨンしんちゃんという子供向け作品で成し遂げられた到達点の凄さにあるのですが、そもそも論としてアニメやドラマの劇場版作品としては本作はいささか挑戦的な内容となっているのです。

 

まずアニメ作品の劇場版公開は『ドラえもん』『名探偵コナン』等の国民的アニメ作品を始め、近年は深夜アニメ作品のマネタライズの一環として劇場版が製作されたりしますね(総集編だったりしてガッカリもしますが笑)

 

そして大抵のアニメ放送劇場版での課題は通常放送版に甚大な影響が出ない程度に劇場放送映えするコンテンツの発案、が最大のイシューになるのです。そもそも通常放送の時間軸に影響が及ぶと放送内容に支障をきたします、かといって地味な通常放送の延長だと映画としては地味すぎて集客に負の影響を与えるので派手さは欲しい、そこで提案されるのが別世界線での物語の構築です。

 

実際『クレしん』映画においても9作目となる本作以前までは大抵がパラレルワールドに主人公一家が巻き込まれたり、どこか遠い世界での出来事として描かれていて異世界上の出来事として制作されています。しかし本作は異世界ではなく、現実世界での出来事として描かれていて、通常放送に影響を及ぼさないギリギリのラインを攻めます。

 

そもそも製作者の間でも最低限のお約束さえ守れば何をしてもOKというミニマムな制約のもと極めて自由ながら子供向き映画の範疇を超えたものになっているのが本作の最大の特徴でしょう。

 

第3作目の『ヘンダーランドの冒険』のプロット(遊園地への1度目の入園に始まりそこから侵略者が到来する点で)に似ていますが、決定的に異なるのが現実的な恐怖にあります。

 

『ヘンダーランド』では、しんのすけが知ってはならない事実を知ってしまったために処理班が送られてくる、というクレしん映画ではベーシックなシークエンスが採用されていて呪いをかけられ人形に魂を閉じ込められた王女と家族を取り戻すために奮闘するという本作と似た部分があります。

 

そう考えると今回が異例である、ということに疑問を感じるかもしれませんが、一番の違いはリアルさの度合いです。『ヘンダーランド』においてはファンシーなキャラが敵キャラであり、雪だるまをモチーフにしたス・ノーマンなどを見ていても分かるように、子供向け映像作品としての多少のエクスキューズを見て取れます。

 

しかし『オトナ帝国』においては襲い掛かってくるのはオトナ、つまり人間なのです。この恐怖こそが最大の違いと言えるでしょう。映画に出てくる敵キャラが実際の自分達の身の回りにいる、というのはなかなか怖いものかと思います。

 

また、この作品で採用されている構造にも地続きの恐怖があり、それについては次項にて説明したいと思います。

 

オウム事件という下敷き

 

 有名な視点ではありますが、『オトナ帝国』は地下鉄サリン事件を引き起こしたカルト教団であるオウム真理教をメタ構造に落とし込んでいるのでは、というものがあります。物語の設定としてガスによる既存人類の破滅を目論む教団との闘いというのは確かにオウム事件を彷彿とさせます。

 

オウム事件という社会的な大事件をモチーフにした作品は数多くあり、随筆だけでなく本作のようにメタ構造に落とし込んでいるものとして『20世紀少年』がありますが、本作はオウムメタ作品としてオウム事件の本質を鋭く表現しているところに達成度の凄まじさがあります。

 

オウム教団はなによりも教祖の目を引く様々な言動や行動に目がいきがちですが、その本質は既存体系の破壊を肯定するインテリ層によるノスタルジアというありふれた感情をきっかけにしたテロリズムにあり、それを喝破したのが本作なのです。

 

ロックを歌い希望が待っているはずだという期待を胸に抱いていた少年たちが見た90年代という絶望の世界構造のリセットを目論む教団との闘いを描く『20世紀少年』も主張する通りオウムとはノスタルジックテロリズムであり、その事を90分弱の子供向き映画に落とし込むという完備性に『オトナ帝国』という名作の名作たる所以を感じ取れるでしょう。

 

本作は懐かしい仮想空間(遊園地)での体験を通じて洗脳されたオトナによる既存世界への絶望から来る暴力革命を描いていて、とても子供向き映画と思えないギミックが採用されていることは前述した通りですが、更に凄いのが子供向き映画としてのギリギリセーフのラインでノスタルジアへの警鐘と共に未来を生きていくことの重要性を同時に主張しています。

 

②マージナル上の疾走

 

このようなオトナびた内容を扱うとなると、問題となるのは作品のバランスの崩壊への危険性ですが、今作はそういったことに対しても限界ギリギリのラインを攻めていて、その最たるものが野原しんのすけの発言でしょう。

 

未来を信じる事の出来た20世紀へのノスタルジアから21世紀という未来を破壊してみようという暴力衝動という重いテーマを扱うと、どうしてもシークエンスが既存の世界線からは登場しない発言や行動を誘発してしまうものなのですが、今作における登場人物の振る舞いは大きく既存のラインを崩さないバランスで調整されていて、主人公のしんのすけが何故この時代を守ろうとするのか、と問われたときの解答は彼らしく、また本質的な解答を与えたと言えるのではないかと思います。

 

 また子供向き映像作品であることへの配慮として殺害や死といったシークエンスは盛り込まれておらず甚大な被害の可視化といったことも今作は存在しません。

 

子供を捕獲した教団員の会話で、『捕まえた子供達はどうするんだ?』『匂いをかがせるんだろ』『言う事を聞かなかったら?』『知らない』おそらく言う事を聞かない者は殺されるのでしょうけども、直接セリフにしないところに配慮を感じますね。

 

ちなみに、この甚大なシークエンスを露わに盛り込むリスクを冒したのも実はクレしん映画であり、これまた名作の『戦国アッパレ大合戦』です。この作品では親しきものの死という悲しいシークエンスが設置されていて、一線を越えてしまった感があったのか、ここから本来の世界線へと急激な回帰へと向かっていきます。

 

2020年代への危惧

 

本作はノスタルジアという回顧が作り上げた暴力としてのテロリズムを描いていることは何度も申し上げている通りですが、この事は現代を生きる我々にも通底することであり、20年代に入りコロナ禍により様々な負の影響が発生しており、スペイン風邪の時のような長期にわたる感染の恐怖にさらされることや、自粛警察の発生など様々な問題も起きており、早くも『10年代は良かったな』という声も上がりそうで、過去が良く見えるのは、どの時代でも起こることなのかなと思います。

 

20年代はおそらく10年代に掲げた多様性社会の帰結としてノイジーマイノリティによる支配というディストピアが前半は眼前に広がるのではないか、と考えられ、そこからまた新たな解決策としての目標設定が図られるのかな、と思います。

 

まず日本という国においてマイノリティの最大の障壁とは可哀そうと思ってもらえないという苦しさ、にあり、同情を誘う前に興味を持ってもらうためには口うるさい騒ぎ続ける者にならなければいけないため、そういった景色を見た普通の人から引かれてしまいマイノリティの望む世界の具現化が遠のくという困難さがあります。

 

政治の面でも野党議員が過剰なまでの言葉狩りや追求をするのも、こういった事情によるものですし、そうした振る舞いが普通の人々に嫌悪感を抱かせてしまい、結果として面倒でうるさい野党が嫌だから与党に投票するという消極的民意により安定的な政権運営を現政権が行えているという次第でしょう。ネット上で面倒な人間に絡まれたくないとの思いから口うるさいクレーマーを誘発するようなイシューは取り扱う事も減っていくでしょうし、マイノリティがマジョリティに転ずるにはユニバーサルな悲劇をトリガーとした同情を要するのかな、と思います。

 

 

同情を誘えるような分かりやすい苦境があれば良いのですが可視化されず当事者以外には理解されにくい部分で苦しんでいる人にとっては、どうしてもノイジーな振る舞いをしなければならない所に日本におけるマイノリティの辛さがあり、そういったノイジーな少数者により様々なコンテンツに制限がかかりゾーニングをしていてもクレーマーによって凄まじい圧力にさらされることが20年代は増えるでしょう。

 

そして20年代において多様性社会の正体が見たくない/聞きたくないものを受け入れなければならない生きづらいものであること、また一部のノイジーマイノリティへの異常なまでの配慮という息苦しさに苛まれ、10年代は、まだ自由だったよね、といった感慨にふける人は増えるのではないか、と思います。

 

先進国、特にアメリカで深刻化する分断も更に悪化していき、安直的な民営化により様々な弊害も生まれるでしょうし、現に日本でも公務員切りによりコロナによる非常事態における困難さを感じます。ウォルマート問題としても知られるように競争を促すための規制緩和をしても企業は競争をすることよりも競争自体を起こさないように巨大資本で対抗企業を叩きつぶしてしまうことにより顧客の選択肢が制限され最悪の結果を招いてしまうという悲劇も増加していくでしょう。

 

日本の良いところは欧米に比べてスピード感がないことにより常に前例を参照しながら選択が出来るというところですので、欧米先進国の現状を注視する必要があるのかな、と思います。 

 

そしてそんな暗い現状に対してノスタルジーが多くの人の胸に去来するのではないか、と思うのです。そんな時に本作を是非見てもらいたいと思います。そして常に未来は暗いけどもそんな暗闇でも明るい光を灯すことを忘れず生きていくことは苦しいかもしれないけども楽しいことも少なくないんだ、と感じて欲しいと思います。人生とはニーチェの言うように永劫回帰つまり同じことの繰り返しですし、つまらないと感じることも多いのかもしれませんし難しいですね。

 

生きる事は苦しいし、生きていて良い事より嫌な事の方が多いかもしれないけども過去が美しく見えて今がみすぼらしく見えて死にたいと思う時もあるかもしれないけども、生きていて楽しいことがないと言い切れないのも、また人生だと思います。

 

僕は阪神タイガースの優勝と新世紀エヴァンゲリヲンの完結は見届けるまでは死ねないと思っているのですが、まだまだ死ねなさそうなので笑。頑張って今を生きていきたいと思います。

 

 

④おわりに

 

この記事は実は5月までに書き上げる予定だったのですが、遅くなり申し訳ないです。アンケート企画で募集までして、ご参加いただいた皆さんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。また映画評論記事は書きたいなぁと思っているので気が向いたらお手すきの時にでも覗きに来ていただけたら幸いです。