①聖戦前夜
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大耳決勝で相まみえた両チーム。トゥヘルの仕掛けた中央閉鎖を受け、サイド循環に希望を託したシティは崩しが空転し、デブ神の負傷退場によって質的優位を失いフォーデンの閃きでしか打開が難しかった。
9番がいないから詰むと主砲の一発がなく、5番がいないからウォーカーを食いつかせてサイド圧縮が間に合う前にワンタッチで運んでシティの左サイドで勝負すれば良い、というトゥヘルの指し手にシティは沈黙した。
あれから4か月、ペップは『宿題』であった外攻めの迫力不足解消の2323(WWシステム)へ変更、偽SB×2と4番の3人を中央に配置しサイド援護を高め、更に、偽偽SBによってWGの補助へと6番目の攻撃者を出撃させるスキームを放つ。
9番は今季もいないが、それでも鶴翼の陣でウォーカーはパサーとして成長し、多少の戦術不備も攻守の質的優位で押しきってしまう、といった形で戦い続けてきた。
一方トゥヘルチェルシーは屈強な堅牢5バックをベースにしてランプスの残した若者たちを活かしながら、球界最高の頭脳のもと、相手の急所を徹底的に暴き叩いて潰す、圧倒的な強さと破壊力というより、気づいたら死んでいた、という具合にメガクラブ相手でも素晴らしい戦績を上げる事に成功した。
そんなチームにルカクまで獲得し、一躍リーガの優勝候補に。リーガでも無敗という戦績で余裕をもって、この試合を迎えた。ルカクのストロングポイントを探しながらチームの可能性を高め、更なる強靭化へと歩みを止めず、上品に毒を盛るロンドンの青組は完備性に人間兵器を迎え、無敵街道まっしぐらだ。
②開戦
受けたトゥヘル
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ただの『1試合』
無敗で迎えたトゥヘルチェルシーにとっては、ホームでの試合とはいえ、負けても甚大なダメージにはならない。上積みが殆どないリバポ、9番のいないシティの破壊力はそこまでないだろうし、下位相手に大きく取りこぼさない限り、現状でリーグテーブルを確認する事に意味はないと見ているはず。
むしろ、今の時期はルカクの落とし込み、選手の体調管理、年明けのビッグマッチに向けた手筋の整備が重要で、まだ慌てる時期ではない。優勝候補筆頭のチームにとって今季はリーガ制覇、そして大耳での上位進出、将来的なスカッドの青写真も考えたうえでの戦術整備、こういたところを考えているはずで、これから年末にかけてのスケジュールでの疲弊を考えても、本当の勝負は今ではないだろう。
3連勝している好相性のシティということもあってリラックスして臨める。酷い負けでなければ良いし、勝ち点1でも十分、というのが本音か。
コンディションが悪いと見られていたチアゴ神がベンチスタートなのを見るに、絶対勝利ではなく、あくまでもシティとの今季初戦であり、落ち着いて自分達の側へ引き込んで手筋を受け切った上で、ルカクとヴェルナーの迫力でシティに一発食らわせようという算段だったのだろう。
532で『受けて』『刺す』
マウントもおらず、相手は2323で中央集権型を当てると見たトゥヘルが選択したのは532による『受け』だった。相手は9番もいないし、組織的なプレスも上手くいっておらずポゼッションもそこまでないはず、であれば空転ポゼを利用して迫撃で背中を刺せば勝てると踏んだのだろう。
まずシティの鶴翼23ビルドを殺すには4番への攻め筋を切り、偽SB×2を抑えるためにIHやSHがマークする。そうして外へ誘導して奪還する事を考える、セインツは両SBは非常に強烈で抑え込まれていた。トゥヘルも当然、これを採用しようとした。カンテ、コバの2人で偽SBを封じ、2TOPは4番への攻め筋を殺すというシティ対策の定番である。
中を切って、外へ誘導し、奪い去っての迫撃で刺す、それがトゥヘルのデザインで532という選択は鶴翼ビルド殺しとしては最適と言える。
ペップシティ対策としては、このようにボランチラインの4番+偽SB×2の3名を抑えて中を切って、外へ誘導させる、そして自陣深くに侵入してくる場合はボランチをDFラインに落とすか5バックを初期配置から採用して5レーンを埋めて耐える。というのは今後も増えていくと思う。そしてトゥヘルも同様の手筋を考えていたはずだ。
挑んだペップ
『SB』化したSB
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ペップはコアUTポジショナルスキームを全面に押し出す監督であり、その反動としてポジションと紐づけられた役割に一般的な描像とズレが生じる事が少なくない。
その影響を最も受けているのはSB。DFラインの両端に位置し、機を見て駆け上がるという描像ではなく、ペップチームのSBはボランチ脇でウイングへのコースを作ったりカウンター対策をする偽SBや、ボトムペンタゴンの強度を上げるCB的な役割が多く駆けていく事が少ない。
そして、今季は鶴翼と偽偽SBというスキームに挑戦していて、SBがボランチ化した後に前線のペンタゴンへ加勢するため駆け上がる純正SBの動きも積極的に取り入れようと画策していた。それはチェルシーに対して外攻めが機能不全になった事を受けての改善であり、当然、この試合でも鶴翼をぶつけると見られていた。
しかし、チェルシーの532の弱点、届かないSB位置を活かす為にSBがまるで『SB』のようにプレーする事を選んだ。23ボトムのビルドを捨て、41ビルドを選択したり、カンセロだけ上げて疑似3バックでのビルドも見られ、今季の中では異質のビルドの様相を呈していた。
右のコアUT大三角
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ビルドはノーマルでもペップシティの武器はコアUTだ。脅威になりうる相手LWBアロンソの攻撃力を削ぐため、攻撃力のあるマフレズを用いて牽制すると見られていたが、選択されたのはジェズス。これはペップの描いた三角形の頂点としてだった。
SBウォーカーはWG化
WGジェズスはIH化
IHベルナルドはSB化
コアUTを3種類組み合わせ、SB位置ではベルナルドがボールを持って配球を担った。アロンソに対し旋回大三角で混乱をきたさせ、更に左利きのベルを右後方に位置させ、偽9番フォーデンも含めた多彩なパスコースを相手に提示した。またジェズスの飛び出しによってリュディガーのドライブを牽制し、チェルシーのDFラインを揺さぶった。
左のカンセロスキーム
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お馴染みの6番手攻撃スキームを担うカンセロだが、チェルシーの右を攻める上で欠かせないのが『守衛』カンテ対策だ。デブ神を左IHに置きカンテに意識を与える。実際デブ神がカンテを引きつけてフォーデンをフリーにしたり、カンテの『除き方』には工夫が見られた。
そんなカンテを封じるために、今試合ではLCBにラポルテが起用。ケガでの欠場が危ぶまれていたが、出場し、多くの貢献を果たす。ラポルテが持ち上がる事でカンテを引きつけカンセロを上がらせてサイドで数的優位を作り、相手を押し込もうとした。
グリとデブ神の共演は大いにチェルシーにとって迷惑だったはずだ。今後は右のウォーカーにも、この加勢スキームを実践させて235の完成へと向かうのかもしれない。
あの屈辱は忘れていないぞトゥヘル。外を攻め倒してやるからな。そんな意気込みを強く感じる指し手をトゥヘルにぶつけてきた。
決死の4231外圧縮マンツープレス
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今季のシティのプレスはどこか散漫で組織性に乏しくボールを奪い切れない。しかしルベンとエデルソンの個人能力で解決し続けてきた。当然トゥヘルも研究済みだろうし、そこまでプレスも厳しくないのでは、と見ていたはずだ。しかし今試合でシティは狂気じみたハイプレスを見舞う。
ラポ⇒ルカク
ルベン⇒ヴェルナー
ウォーカー⇒アロンソ
カンセロ⇒ジェームズ
デブ神⇒ジョルジーニョ
ベル仏⇒コバチッチ
ロドリ⇒カンテ
グリ⇒アスピリクエタ
ジェズス⇒リュディガー
フォーデン⇒クリステンセン
といった具合にデブ神をトップ下とする4231マンツープレスを仕掛けた。受け渡すよりも明確にマーカーを付けて離さないように心掛けていた。
更に中へのパスを切りながら外へ誘導すると、サイドへ極端な圧縮を見せて、チェルシーはサイドで呼吸困難に陥った。逆サイドもしっかりと絞り、酸素を求めて前線に蹴るものの、ルベンとラポと狂人GKが強烈な2TOPを抑え込んでいた。ベルとロドリの2ボラと2CBの4人でしっかりと相手2TOPを閉じ込めていた。
大耳決勝でのサイド寄せのスピードでLSBが狙い打たれた事へのアンサーとも言える。『絶対にチェルシーの好きにはさせない』という強い意思が込められており、スカイブルーの戦士はチェルシーに何度も何度も食らいつきストレスを与えていた。
今回のマンツーは思考停止のマーカー完全固定というわけではなく、守備で無理の利くデブ神やベル仏はマーカーを柔軟に切り替えて局面ごとで対応を変更しており、マークする事を目的とするのではなく、ボールを有効な形で前進させないための動きを実施していた。特にベルナルドの献身は狂気の沙汰だった。
③熱狂と騒乱の中で
外されたトゥヘル
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事前のスカウティングで今季のシティの偽SB×2によるサイド攻撃の再整備、ボランチラインへ注目を集めてからの偽偽SBスキーム発動を見越し、マウントの不在も考慮しての532を選択するも、ペップシティは純正SBを選択し、混乱が生じた。
23ペンタビルドのシティに対して2TOPと3センターのペンタゴンで中を切る予定が、ボランチラインが4番しかおらず、面食らったはずだ。トゥヘルからすると『え、ペップさん純正SBもう使わない方向だったんじゃ。。』といったところか。
532では純正SB位置の選手を捕まえられない構造的な問題に苦しんだ。SBが深くに留まられるとIHの飛び出しでの対応は中央に隙が出来てしまうリスクがあるのとWBが飛び出すとグリやジェズスをフリーにするため飛び出せない。
2TOPの前プレもGK+2CBまたは2CB+4番によって数的優位で剥がされ前進されてしまうかSBにパスされ、安全にボールが循環していった。
シティの『SB』にいるのはカンセロとベルナルドという屈指のテクニシャンであり、トップペンタゴンへ向け自在にパスを出すことが出来るため余計に厄介であった。
シティにとってはケガでギュンの飛び出しが使えなかったのは痛かったが、ジェズスの裏抜け、偽9番フォーデンの引く動きによるチアゴを誘引してのデブ神アタックなど多彩な攻め手でチェルシーに混乱を与えた。
アロンソを上げて、こちらもSBポジに中盤選手と、コバチを変換させるも、そこにベルナルドが追いかけて来る。マンツーで絶対離さない。全力の強度でチェルシーから酸素を奪う。
中は切られているので、外へボールを回すと、そこには6人から7人ものスカイブルーの戦士がサイドへの圧縮で襲い掛かってくる。前線に逃がすも、シティDFによって封殺される。
シティの『SB』から放たれる左右の攻撃に苦しみ、やっとこさ奪ったらマンツー4231で圧迫され外へ逃がすと酸欠へと追いやられる。前線に渡しても残念そこはルベン神、裏へ蹴っても残念そこは狂人、シティの奇襲が炸裂する。
招かれざるカオス
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後半に入り、トゥヘル城が揺らぎ始める。それでもチアゴ神とメンディーの質の力で防衛線戦を保ち続けるも、セットプレーの流れからカンセロのミドル、そのもつれの中でジェズスのシュートがチェルシーの側からすると不運な形でネットへ吸い込まれた。
それでもシティは追加点を目指し、愚直に殴り続ける。ルカクのような怪物はおらずとも、計画したトゥヘル城陥落計画を淡々と進めていく。
チェルシーも必死に耐え忍び、少ない好機を2TOPの質の力で最終生産へと導けるように抵抗する。『次の1点』シティのゴールは明確。一方トゥヘルは考える。負けても甚大なダメージにはならない。532で受けて迫撃もアリだ。それでも、トゥヘルという男はペップ以上に、『サッカーで負けるのが大嫌い』な人間なのだ。より勝利に近づくための手を打った。
カンテに変えてハヴァーツを投入。有機的に違いを生み出すハヴァーツを入れて343気味に立ち位置を変えて反撃しようとする。ホームで易々と勝ち点3と持って帰られたくはないのは勿論。マンツー疲れで強度が止んだところで質で殴り合えばルカクのいるチェルシーなら勝てる。
そしてシティは強度が揺らぎ始める。4231でブロックを組むシティにトゥヘルがカオスを提供する。オープンな打ち合いが始まり、DFとGKの献身をFWの破壊力が上回るかどうかという最終生産戦争が開戦する。しかし、このカオス状況は両者リスクもある。というのも、このチームは似ている。秩序化された無秩序の創出、そして4番を軸として組立、である。
故に4番であるジョルジーニョとロドリはカオス空間においてコマンド力の低下と孤立を招いてしまう。ジョルジーニョに変えてチークを投入、シティもロドリのプロテクトとしてフォーデンに変えてジーニョ、疲労の見えたグリに変えてスタリンを投入。大耳決勝でサイドで沈黙したスタリンに勝ち試合を経験させ大耳決勝の屈辱をチーム全員で乗り越えるんだというペップからのメッセージにも思える。
そしてカオスが試合を支配し、混沌が時間を奪い、濃厚な90分の聖戦はシティのウノゼロリベンジで幕を閉じた。
④持つ/持たざる
青組の事情
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トゥヘルにとっては敗戦はそこまで痛くはないはずだ。むしろシティに感謝している部分も皮肉でもなくあるはずだ。今試合はジェームズの負傷退場というアクシデントに見舞われマウントも使えなかったし、そういう意味でもペップシティの鶴翼を包み込むような532は悪くない選択だったし、奇襲を不運な1点に抑えたところを見ても、チェルシーは素晴らしいチームと言えよう。フルメンバーで出来れば戦いたかったところであり、シティズンの自分としては最高峰のチェルシーとの試合が見たかったので、つくづくケガとは憎いものである。
現在進行形の欧州王者はルカクという最終生産者を迎え入れ、可愛げのへったくれもない完備なチームに破壊兵器を導入した。
開幕当初から絶大なる存在感、圧倒的なフィジカル、単純な足元パス一つから生産過程へと『引きずり倒す』ウルトラマン(超人)。ただ今試合では、まだ生産過程が不十分であることを露呈した。
ルカクはフィジカル馬鹿ではない。聡明でやるべき事を理解した上でプレー出来る。特にカオス空間でスペース目掛けて突進したり周囲と連携しながらネットを揺らすのは得意な選手のはずだ。問題は、それがジョルジーニョを中心とする静的なスキームに落とし込めるのか、という事だ。
昨季のチェルシーは持たざるものだった。だからこそ守備を5バックで固めながら、相手の急所を見定め、トゥヘルの修正力で最適手筋を粛々と実施して大耳王者になった。勿論運もあったが最終生産者なきチームで大耳を獲ったのは快挙に等しく、お世辞抜きに全世界の模範になりうる素晴らしい集団だ。
今試合もマウントがいれば違ったはずで、『安全地帯』となったSBへの応手、ルカクの組織への落とし込み、布陣の可変性の再考、様々な課題を、この早い時期に敗戦という分かりやすい形で手に入れたのはとても大きいはず。このチームはもっと強くなるはずだ。後期のバウトも期待したいし、何よりトゥヘルは、必ず答えを見つけるはずだ。
ウルトラマンルカクがスペシウム光線を放てるようになった時、チェルシーの黄金期は強固なものになるだろう。完備性のあるチームと怪物の共存。どのような帰着を見せるのか、注目したいところだ。
水色組の事情
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4連敗は絶対嫌、それがペップの思いだったのだろう。この試合、オーソドックスな433に見えて、その実はマンツーハイプレスとサイド殺し、コアUT大三角、23ビルドの放棄と今季の中では飛びぬけて異様な策を打ったところにチェルシーへの並々ならなぬ執念が伝わる。
偽9番フォーデンは守備強度の面で大いに活躍したものの、攻撃面での輝きは限定的であったように見えた。おそらく、ペップシティの今季の最終系は2323鶴翼の陣の完成であり、ウォーカーの6番手スキームの導入、そして偽9番フォーデンの最終生産者への覚醒が到達点に思える。
この試合、チェルシーもそうだが、シティも『先んじた』感が否めない。ルカクをベンチに入れてスーパーサブとして使う方法もあったが、ルカクを入れてビッグクラブ相手で完備的な組織としての現状を見てみたかったのかもしれないが、まだ早い。そしてフォーデンもそうだ。今はIHを中心に中盤の『景色』に慣らす時期であり、年明けくらいから、偽9番でネオメッシにするのが理想だ。
今試合、チェルシーを奇襲で追い込んだにも関わらず、セットプレーの流れからの1点に終わったのは、ひとえに最終生産者がいない事の証左である。勿論、最終生産者がいれば必ず勝つとは言わない。しかし、今季のシティは鶴翼で我慢強く殴って、仮に手詰まりになれば、打つ手はなくなる。困った時に誰を目掛けて、どのようにプレーすればよいのか明確ではない。
生産者を持つ事、この強みと弱み、その両方を今試合の両チームからは感じる。今回はシティに軍配が上がった。しかし、ルカクの一発に沈む可能性も十分にあった。後ろの質で誤魔化せてはいたが、やはり決める選手は必要。
40分のジェズスの素晴らしい胸トラからの宇宙開発、60分のカンセロのクロスの絶好機にデブ神がペナ内にいるのに無視してのジェズスのシュートミス(チアゴ神ブロック)、この後のペップのペットボトルを投げつけて悔しがる態度、デブ神の呆れ両手を軽く上げての落胆。何度も繰り返された最終生産過程の失敗。
『チェルシーやユナイテッド、トッテナムのような武器がない。1人でリーグ戦25ゴールを決めるような選手はいないから、チーム全員でやっていかなければならない。これが今シーズンの課題なんだ 』
『こういった選手は獲得するのが最も難しい。長年セルヒオがいてくれたが、残念ながらこの1年半はケガであまり起用できなかった。だが良い意味で、彼がいなくても生き残ることができた。我々のプレースタイルにおいてだ』
『私のキャリアでは常にストライカーがいた。GKと同じように、ストライカーは最大のスペシャリストだ。私ではなくクラブのために、次の年にはストライカーが必要だ。それはクラブも認識しているだろう』
ペップをCLを取るために招聘された指揮官、シティズンの一部はそう思っているらしいがペップを10数年見続けてきて思うが、ペップは大耳を獲るというよりも、最適手筋を打ち続けるポジショナルプレーの伝道師であり、リーグマスターでしかなく、大耳を獲る事に長けた監督とは思わない。
大耳はリーグとは明らかに異なる。最大値で殴る競技だ。そこで必要なのは最終生産過程の確立である。ペップやモウ、カルロが大耳を獲ったのではない。
大耳を獲ったのはドログバ、メッシ、ロナウド、サラー、レバ、といった最終生産者を活かす最適スキームを考案したチームである。
最終生産者なきチームでも大耳は獲れる、トゥヘルのように、しかし確度を考えると、やはり決める人間は必須だ。生産者なき集団がシティのサッカーだと言われると純正シティズンでない僕は閉口するしかないのも、また事実なのであるが。
今季は走り倒して、相手の嫌がる事を全力で何度も繰り返すしかない。デブ神の悲しげな顔、ペップの怒りと落胆、ストレスフルな景色を眺めながら、戦うしかない。ただ、このやり方は心身共に消費が激しい。ルベンやベルが負傷離脱すれば厳しくもなる。
サッカーに答えはない。選んだものを正答に変えるプロセスこそサッカーなのだろう。シティの選ぶ道が正解へと変わる可能性もゼロではない、そういった希望を与えてくれたのが、今試合なのかもしれない。その意味で、最高の模範相手に勝ち切った、この勝利は勝ち点3以上の価値があるはずだ。
⑤奇策なし?
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シティがチェルシーからの『宿題』にしっかりとアンサーを提示した今試合。球界屈指の名指揮官2人は勿論の事、両チームの選手たちに万雷の拍手を送りたい。特にシティは因縁のチェルシー戦に全精力をぶつけてきた。ペップの施した策はトゥヘルにとっても興味深い苦しみとして受容されただろう。
22のパラメータによる美しい多元連立方程式が名もなき土曜の夜を大いに楽しい時間にした事は事実。ただ、その試合を受けて興味深い一部のシティズンの反応があったので最後に触れておきたい。
『今回のペップは奇策をしなかったから勝てた』
今試合、23ビルドの放棄に加え純正SBの導入、偽9番フォーデン起用、4231マンツー、サイドへの極端な圧縮、個人的には対チェルシーのための『通常ではやらなそうな』奇策のオンパレードに思えるのだが、これが奇策ではなかった、というのはどういう事なのだろうか。自分は疑問を禁じ得ない。
勝てば官軍、負ければ奇策ハゲ、なのだろうか。今回の勝利はペップの講じた策がハマった部分は大きく、特にハイプレスは今季でも珍しいくらい過激だったはずだ。形勢も不利だったため、何かしらの策は打つとは思っていたが、ここまで奇策を並べ倒すとは自分も考えていなかったので面食らったのが正直なところである。
戦術理解の低さを糾弾したいわけではない。純粋に疑問を感じてしまったのだ。奇策と人が感じる時、それは一体、何を基準に判断されるのだろうか。
定義次第ではペップは毎試合奇策をしていることになるので、シティは毎試合奇策で勝ってるし奇策で負けてることになり、奇策とは何か、を改めて定義づけする必要があるのかもしれない。サッカー界の偽○○も同様だろう。定義付けないから、様々な言葉を巡り、様々な議論上の問題が起きているのかもしれない。
リチャード・P・ファインマンという天才物理学者がいる。とてもユニークで知られた氏は氏独特の言語と言い回しと表現で学問体系を理解していたそうだ。そして大学入学後に同級生と議論すると噛み合わない。それはそのはずで共通言語がないからだ。体系について述べる時に重要なのは『定義』である。その事に気づいた初めての瞬間だったそうだ。
ペップサッカーは多層的で見る人間によって様々な感想や考えを抱かせてしまうのか、それは高速化していく現代サッカーがもたらす新たな分断なのか、自分には分からないし、自分のアングルも正しいかは正直自信はない。
僕は疑いや不確かさを持ったまま、そして答えを知らないまま生きられるんだ。間違ってるかもしれない答えを持つより、答えを知らないで生きるほうがよっぽど面白いんだよ。
氏の考案したファインマンダイアグラムを描きながら物理学の研究を続ける傍らでフットボールの行く末を眺め続けていたい。そう思わせるに確かな90分が、永劫回帰なる週末に存在した。交錯した2つの集団の未来に幸多からん事を祈るばかりである。